ユアサ先輩とキス・アラモード
再び前島はペコリと頭を下げた。他の先輩はニッコリと微笑んだ。横尾意外は皆、良い先輩に見えた。確かに楽しい部活ライフを遅れそうな気がした。
 真帆は、心は入部希望へ傾きつつも、途中で気が変わるかもしれないと思い、湯浅の姿を目に焼き付けようと彼を見た。
 全身が震えるほど驚いた。湯浅はまっすぐ真帆を見ていた。真剣な眼差しだった。
 しばらく、いやニ、三秒だったろう、見つめ合ったが気恥ずかしくて目を逸らした。湯浅ほどカッコイイ男性に見つめられるなど、ドラマに出ているアイドルのアップ場面くらいしかない。いつもヒロインの代役だ。気のせいとしか思えない。
 確認しようと今一度湯浅を見ると、彼はやはり真帆を見ていた。周りには大勢の女子生徒がいるのに、視線が泳ぐ気配はない。真帆は顔が真っ赤になっていくのを感じた。目とか鼻とか意外に、昼ごはんに食べたご飯粒とか変な物でもついているのかもしれない。怪しまれぬよううつむき、顔をこっそり撫ぜた。万人に付いている物しか発見できなかった。
 結局、真帆が視線を泳がせた。イケメンに免疫力がなさすぎて悲しくなった。このままではカッコイイ彼氏は永遠できないだろう。
 最後まで極力湯浅を見ないよう注意し、無事部活見学を終えた。深々と頭を下げ「ありがとうございました」と言うと、美咲につづいて弓道場を出ようとした。
「ねえ、君」
後ろから知っている声が追いかけてきた。しかし自分を呼び止めているとは思えなかった。
 二度、誰かが真帆の右肩を優しく叩いた。振り返ると、やはり湯浅だった。真帆は信じられなかった。何が彼の気を引いたのだろう。
「あのさ、どこかであったことない?すごく知っている気がするんだけど」
「とんでもない!は、初めてです」
「そうか、他人の空似か。残念。ちなみに、弓道はやるの初めて?」
「はい。
真帆は隣を歩いていた美咲の前に回り込み二の腕をしっかりとつかんだ。今にもぶつかりそうな距離まで顔を近づければ、目を全開で見開き、歌舞伎役者のように見つめた。美咲も見つめ返してきた。
「ど、どうしたのよ?」
「私、決めた」
「何を?」
「弓道部に入る!」
しばしの間、二人は今にも殴りかからんばかりに睨み合った。同じく見学に来ていた一年生が心配そうに歩みを止め、遠巻きに見ている。
「美咲、何か言いなさいよ」
「あれだけバドミントン部に入りたい、弓道部になんか絶対入りたくないって言っていたのに、どうして急に考えを替えんのよ!」
「薄情だって言うの?でも入りたいからしょうがないでしょ。アタシ、弓道やりたいの!」
「本当に弓道やりたいから入るの?本音は違うんでしょ?」
「何そんなに食い下がるのよ。本音なんてどうだっていいでしょ。弓道部に入りたいから入るのよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「困る!私、真帆とはずっと仲良くしたいもん。かぶりたくない」
「かぶる?何をかぶる?」
意味不明な美咲の言葉に美咲は首をひねる。今一つ彼女の真意がつかめない。
「まだわからないの?私、彼にチーズフォンデュのチーズのような熱い視線を送っていたのに」
「彼?ま、まさか……」
真帆の頭の中に、湯浅の素敵なニヒル笑いがよみがえる。
(確かに私は湯浅先輩が好き。一目ぼれしちゃった!そう、弓道部に入るのだって、湯浅先輩に会いたいがため。あわよくば『付き合いたい』なんて思っている。そして、美咲ちゃんも先輩が好き?)
美咲の真意を探ろうと、さらに近寄りギロリとにらむ。
(そしてそして、せっかく友達になったんだから、ケンカしないために手を引けと言っている?……だ、ダメっ!いやよ。たしかに私は平凡な女の子だけど、恋はあきらめない。やれることはやりたい!)
「いやよ」
「はっ?」
「そうよ、私、先輩が好きで弓道部に入るわ。いいじゃない、動機が不純だって。美咲ちゃんとかぶったって問題ないわ。良い男はモテるのよ。そうして手に入れてこそ、価値が上がるんじゃない。お互い全力で戦いましょうよ」
「いやよ、ライバルは少ない方がいいもん。フラれるのって辛いから、できるだけ失敗する確率を減らしたい」
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