クランベールに行ってきます


 結局その夜の異世界検索で、王子は見つからなかった。
 いろんな意味でガッカリしたのと同時にホッとしたような、そして残りあと一回となった焦りと、様々な感情が結衣の胸の中を去来した。
 だが、まだ王子捜索に関しては落胆していない。今夜、異世界で見つからなかった事が、返って王子が王宮内にいる事を示しているようで、明日の朝が待ち遠しく思えた。

 夜に異世界検索のあった日は、ロイドも結衣と共に部屋に引き上げる。
 それぞれ自分の部屋を通り抜け、そのままテラスへ直行するのだ。
 王子の部屋に戻った結衣は、部屋の灯りを点け、いつも通りまっすぐテラスに向かおうとする途中、ふと立ち止まった。
 浴室に灯りが点いているのだ。

 不審に思い、そっと扉を開く。脱衣所には誰もいない。
 その時、浴場に続く奥の扉の向こうから、ピチャピチャと水に濡れた足音が、近付いて来るのが聞こえ、結衣はギクリとして硬直した。

 まさか、客室の幽霊は本物だったのだろうか。そんな事を考えている隙に足音はすぐそこまでやって来た。磨りガラスに、ぼんやりと人影が見える。
 幽霊ではなく人だと思った瞬間、結衣は人騒がせな犯人を捕まえてやろうと思い、脱衣所に駆け込むと奥の扉を一気に開いた。

 目の前に現れたのは鏡?
 驚きに見開かれた黒い瞳。多分自分も同じ表情をしている。だが長い黒髪は水に濡れて、滴を滴らせている。
 服を着ていないその身体は、自分より少し筋肉質だ。いくらなんでも、ここまで胸は真っ平らじゃない。

 結衣の視線は更に下がる。
 そして自分とは明らかに違うものを目にした途端、目の前の鏡像がそこを両手で素早く覆い隠した。

 結衣は慌てて視線を上げる。
 少しの間見つめ合った後、二人は同時に悲鳴を上げた。

「キャアァァ————ッ!」
「うわぁぁ————っ!」

 二人分の悲鳴を聞きつけて、ロイドがテラスから駆け込んで来た。

「ユイ! どうした?!」

 脱衣所から飛び出した結衣は、リビングにロイドの姿を見つけ大声で呼んだ。

「ロイド!」

 ロイドは結衣の姿を認めると、駆け寄って抱きしめた。

「おまえ、また鍵が開いてたぞ。何があった?」

 結衣はロイドにしがみついたまま、黙って浴室の中を指差した。
 ロイドは不思議そうに結衣を見つめた後、浴室に顔を向けた。ロイドの目が一気に見開かれる。

「殿下……?」

 やはりレフォール王子だったのだ。
 結衣は恐る恐る浴室の方を向いた。
 腰にタオルを巻いた王子が、照れくさそうに笑いながら首をすくめた。

「見つかっちゃったね」

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