クランベールに行ってきます
ロイドは黙って結衣の姿を見つめた後、表情を緩めた。
「そうか。オレか。時間がずれてたみたいだな。検討事項に上げておこう」
そう言ってロイドは、メガネを外しながら結衣を抱き寄せた。
「ちょっと! いきなり何?」
結衣が抵抗すると、ロイドは鏡の中の自分を見つめてニヤリと笑った。
「もちろん。見せつけてやるんだ」
そして結衣に口づけた。
少ししてロイドが唇を解放すると、結衣は大きくため息をついた。
「なんか、こんなに早く会えるんだったら、ゆうべ泣いて損した気分」
「気にするな。今夜改めて泣かせてやる。オレの寝室で」
ロイドは耳元に顔を近づけ、囁いた。
「この間の続きだ」
結衣は背筋がゾクリとして、思わず平手を振り下ろした。
「この、エロ学者!」
パンと派手な音がした。てっきり避けると思ったのに、またしてもヒットしてしまった。
「あ、ごめん」
痛そうに顔を歪めたロイドの頬に、結衣はうろたえながら手を添えた。ロイドはムッとした表情で、その手首を掴む。
「本気で泣かせてやりたくなった。来い! 帰ったら寝室直行だ」
結衣の手を引いて、ロイドは現れた場所に戻り、ポケットからリモコンのようなものを取り出した。
「あ、ちょっと待って!」
結衣はロイドに手を掴まれたまま、床に転がったリモコンを拾い、エアコンの電源を切った。
「逃げないから、ちょっと離して」
ロイドが手を離すと、部屋の隅に避けられていたテーブルの上で置き手紙を書き、携帯電話を重し代わりに置いた。
「なんだ?」
「帰ってくる時、また時間がずれてたら、みんなが心配するから」
結衣は二人分の靴を持って、元の場所に戻り、ロイドの腕に掴まった。
「行くぞ」
ロイドがリモコンのスイッチを押すと、二人の身体は光に包まれ、すぐに忽然と部屋から消えた。
誰もいなくなった結衣の部屋に、レースのカーテンの隙間から西日が差し込む。
オレンジ色の夕日が、テーブルの上に置かれた結衣の手紙に、スポットライトを当てた。
”クランベールに行ってきます”
(完)
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最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
タイトルは、最後の1文からつけました。