クランベールに行ってきます


「王族や貴族の中には、出自のわからないヒューパック様が王宮内に住まう事を快く思わない者もおりますが、ご本人は意に介しておりません。多少強引で頑固な方ですが、ご結婚なさるなら私も歓迎いたしますよ」
「はい?」

 ラクロット氏がにっこり笑って突飛な事を言うので、結衣は思わず目が点になった。

「陛下のご提案だそうですね。お互い好き合ってるようだから、その内いい返事がもらえるだろうとおっしゃってました」

 どこが好き合ってるように見えたのかは謎だか、もしかすると王は結衣がうやむやに言い逃れたのを察知して、外堀を埋める作戦に出たのかもしれない。
 胸を触られたし、キスされたし、ここはロイドに責任を取ってもらって、王の望む通り結婚するしか——と諦めかけた時、ふとロイドの勝ち誇ったような笑顔を思い出した。
 妄想の中のロイドがふんぞり返って結衣に告げる。

——おまえは、これから一生、オレのおもちゃだ

(絶対イヤだ! あんな俺様なダンナ!)

 だいたいロイドの有無を言わせぬ強引さは、ラクロット氏の言うような”多少”程度の控えめなものではない。あの二重人格ぶりに、ラクロット氏も騙されているに違いない。
 結衣が大きくため息をつくと、ラクロット氏は不思議そうに首を傾げた。

「いかがなさいましたか?」
「なんでもない。個人的な心の葛藤です」
「そうですか」

 そう言ってラクロット氏は、懐中時計を取り出して少し眺めた。

「昼食までには、まだ少し時間がございます。東屋にでも行かれますか?」
「東屋?」
「えぇ。庭園の西の端にあります。殿下はよくそこで本を読んだりなさってます」
「ふーん。庭園は午後から探検しようと思ってるから、昼まではロイドのとこにいる」

 結衣がそう言うと、ラクロット氏は懐中時計をしまい、にっこり笑って軽く頭を下げた。

「かしこまりました。では正午に食堂でお待ちしております」
「わかった」

 結衣は軽く手を挙げて、ラクロット氏に別れを告げると、元来た道を引き返してロイドの研究室に向かった。


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