クランベールに行ってきます

4.婚約者



 昼食後、結衣は予定通り庭に出た。
 庭園の真ん中には大きな噴水があり、水を勢いよく噴き上げている。水しぶきに日の光が反射して小さな虹が見えていた。
 噴水を取り囲むように、広い花壇が作られ色とりどりの花が咲き乱れている。結衣は時々身を屈めては花を眺めながら、花壇の間をゆっくりと歩いた。

 ふと、視界の端に人影が映った。そちらへ視線を向けると、噴水の向こう側に淡いピンク色のドレスを着て、同じ色の日傘を差した少女が立っていた。
 少女は結衣の視線に気付くと、花がほころぶように可憐な笑顔を見せて、ドレスの裾を軽く持ち上げ会釈した。

 結衣も笑顔で会釈したものの、内心ひどく緊張していた。この少女は昨日ラクロット氏に教わった、レフォール王子の婚約者、ジレット=ドゥ=ラスカーズ嬢だ。

 緩くウェーブの掛かったクリーム色の長い髪をそよ風に揺らしながら、ジレットはゆっくりとこちらに近付いて来た。正面まで来るとジレットは日傘を傾けて、結衣を見上げた。
 見上げる瞳は大粒のサファイアのように澄んだ青。白磁のごとき、なめらかな白い肌は頬だけほんのりとバラ色に染まり、ジレットはお姫様という形容がぴったりの美少女だ。
 結衣を見上げてにっこり笑うとジレットは口を開いた。

「またお会いできて光栄ですわ、レフォール殿下。今日は突然お邪魔してしまって申し訳ございません」
「かまわないよ。ボクも会えて嬉しい」

 緊張しながらも、結衣は笑顔で答えた。
 ラクロット氏によれば、婚約者とはいえ、ジレットと王子は一度しか会見した事がないと言う。特別な態度をとる必要はないと言われたが、やはり他の人を相手にするよりは緊張する。

「今日はどうしたの?」

 結衣が問いかけると、ジレットは日傘を肩に担いで、愛らしく首を傾げた。

「レフォール殿下にお会いしたくて、お父様の用事に無理を言ってついて参りましたの。ラクロット様にお庭にいらっしゃるとお伺いして捜しに参りました。だって、お父様の用事が済む前にどうしても教えていただきたかったんですもの」

 結衣はギクリとして思わず笑顔が引きつった。努めて平静を装いつつ問いかける。

「え、何を?」
「いやですわ。今度お会いしたら、秘密を教えて下さるとおっしゃったではないですか」

 一瞬にして血の気が引いた。

(バカ王子————っ! 何、謎めいた事言ってんのよ!)

 当然ながら、ラクロット氏からそんな話は聞いていない。自分が知っている王子の情報から推理してみるが、さっぱり見当もつかない。
 結衣はパンツのポケットにそっと手を突っ込むと、ロイドのくれた通信機のボタンを押した。

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