クランベールに行ってきます
結衣は微笑んでジレットを誘う。
「せっかくだから、中でお茶でもどう? 少し話をしようよ」
「ええ、よろこんで」
結衣は軽く手を取り、ジレットを王宮までエスコートした。
王宮の入口にはラクロット氏が待っていた。彼に案内され、二人は貴賓室のひとつに入る。向かい合わせでテーブルに着くと、ほどなく女の子がお茶とお菓子を運んできた。女の子が部屋を出て行くと、ラクロット氏も挨拶をして、控えの間に下がった。
結衣が勧めると、ジレットはお茶を一口飲んで、静かに微笑み問いかけてきた。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
何の名前だろう。秘密に関係ある事だろうか。結衣が黙って考えていると、ジレットはさらに問いかけた。
「あなたのお名前ですわ。レフォール殿下によく似た方」
一瞬にして全身が硬直した。ばれた? そう思った途端にロイドの不機嫌そうな顔が頭に浮かんだ。
妄想の中のロイドが鬼のように怒って結衣を怒鳴る。
——この大根役者め! お仕置きだ!
そう言ってロイドは、ひざの上に横たわる結衣の尻をバシバシ叩いた。
(そんなのイヤだ! 第一、元々役者じゃないし!)
何とか上手く取り繕う方法はないものかと思考を巡らせるが、考えれば考えるほど何も思い浮かばない。
ジレットは結衣が硬直しているのを気にした風でもなく、落ち着いた様子で語り始めた。
「わたくし、レフォール殿下とは一度しかお会いした事がありませんが、その時殿下のお人柄に触れて大好きになりましたの。この方が婚約者で本当によかったと思えました。ですから、あなたがレフォール殿下でない事は、すぐにわかりましたわ。それにあなたは女性ですよね」