クランベールに行ってきます


 一応ホッとしたものの、この状況はあまり安心できるものではない。なにしろ足が宙に浮いている。いずれ力尽きて穴の中に転落してしまうだろう。
 少し足を伸ばしてみたが、底に足が届かない。どのくらい深い穴なのか判別不能だ。
 しがみついた上の段を支える地面は、結衣の太もも辺りで途切れていた。

 今度は足を横に動かしてみた。ふと、右足の甲が土の出っ張りに触れた。恐る恐るその上に右足を乗せてみる。少し体重をかけてみたが、大丈夫そうなので左足も乗せてみた。その途端に左足の下が崩れた。全体重を支えられるほどの強度はないようだ。

 だんだんと腕が痛くなってきた。
 こんな奥まった場所に人がやってくるのを待っていても絶望的だ。自力で抜け出せない以上、助けを呼ぶしかない。

 通信機はポケットの中。とても片手で体重を支えられるとは思えない。試しに少し右手を浮かせてみただけで、左腕がぶるぶると震えた。
 ボタンだけでも押せないものかと、身体をよじってみたがうまくいかない。こんなことなら、少しくらい筋トレでもしておくんだったと後悔した。
 聞こえるわけもないのに、結衣は大声で叫んだ。

「ロイド——ッ! 助けて——っ!」

 すると、黄色い小鳥が目の前に舞い降りて、ピッと返事をした。結衣が穴に落ちた時、肩から飛び立ってその辺にいたのだろう。
 結衣は、わらにも縋る思いで小鳥に頼んだ。

「お願い、ロイドを呼んできて」

 だが、小鳥は返事をするだけで動こうとはしない。
 それもそのはず、小鳥は”ロイド”を自分の名前だと認識しているのだ。

「あなたの生みの親よ。わからないの?」

 苛々しながら訴えかける結衣を小鳥は首を傾げて見つめるばかり。
 ふと、小鳥に初めて命令した時のことを思い出した。結衣はロイドを指差して命令した。あの後も何度か小鳥の前でロイドをそう呼んだ。
 あの言葉を小鳥がロイドの事だと認識しているなら、きっと通じるはず。

「ロイド、エロ学者をここに連れてきて」

 小鳥はピッと返事をして飛び立つと、緑のトンネルを飛び越えて姿を消した。
 後は小鳥が、ロイドを連れてきてくれる事を信じて待つしかない。
 少しホッとしてひと息ついた後、結衣は思わず苦笑した。

(ロイドが知ったら、変な言葉を教えるなって怒るだろうな)

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