クランベールに行ってきます
どれだけ時間が経ったのか、待つ時間はやけに長く感じられる。
そろそろ腕も限界に近い。助かったら、明日は間違いなく筋肉痛だろう。
結衣が荒い息を吐き始めた時、緑のトンネルの方から走る足音が聞こえてきた。結衣は弾かれたように、そちらへ顔を向けると大声で名を呼んだ。
「ロイド!」
その直後、緑のトンネルから、小鳥の後を追うようにロイドが駆け出してきた。
先に小鳥が返事をして、結衣の側に舞い降りた。
「ユイ! どうした?」
ロイドは結衣の姿を認めると、東屋の側まで駆け寄った。そして、結衣の嵌った穴を少し眺めると、裏側に回って頭の上から姿を現した。
案外冷静だ。確かにこちら側から階段を上がると、更に崩れて二人とも穴の中に転落しかねない。
それよりも、先ほど駆け寄ってきた時の必死な表情と、名前を呼ばれた事が意外で、結衣は呆然としてロイドを見つめた。その様子を怪訝そうにロイドが尋ねる。
「なんだ?」
「初めて名前を呼ばれたような気がする」
結衣がポツリとつぶやくと、ロイドは意地悪な笑みを浮かべた。
「余裕じゃないか。もうしばらく、そうしているか?」
途端に現実を思い出して、結衣は泣きそうな顔で訴えた。
「足場が崩れそうなの。お願い、すぐに助けて」
ロイドは真顔になると、結衣の両腕の根元を掴んだ。
「首に掴まれ」
結衣は言われた通りロイドの首に腕を回した。腕に力が入らないので、首の後ろで両手の指を組み合わせる。
ロイドは結衣の背中に両腕を回すと、抱きかかえるようにして一気に穴から引き抜いた。二人は同時に安堵の息を吐いた。
安心した途端、結衣は掴まったロイドの首が、うっすらと汗をかいている事に気がついた。研究室からずっと走ってきたのだろうか。
すっぽりと包み込まれた暖かさに、すっかり安心しきって、そんな事をぼんやり考えていると、突然耳元で声が聞こえた。
「ケガは?」
顔を上げると、息が掛かるほどの至近距離にロイドの顔があり、結衣は思い切り驚いた。
そして、ふと我に返り、自分の置かれている状況に再び驚いた。
首に腕を回して、ロイドのひざの上に座り、抱きかかえられている。まるで、イチャイチャカップルのようではないか。