クランベールに行ってきます


 穏やかな笑顔で見つめるロイドを、結衣は黙って見上げた。
 ずるいと思う。いつもは意地悪で横柄で強引なのに、時々優しく気遣ってくれる。
 ローザンはロイドを面倒見のいい人だと言っていた。その優しさを勘違いして、好きの気持ちが溢れて、こんなにも自分はドキドキしている。

 抱きしめるその腕は、とても温かいのに、伝わる鼓動は、やけに静かで落ち着いている。それが切ない。
 結衣の視界の中で、ロイドの笑顔が滲んでいく。

「泣くほどイヤなのか?」

 ロイドはさらに腕の力を緩めると、親指の腹で結衣の頬をそっと拭った。

「……違う。なんでもない……」
「なんでもないのに泣くのか。やはり変わった奴だな、おまえ」

 そう言いながら、ロイドは結衣の頭を撫でた。イヤだと言ったのに、完全に無視している。

「オレが嫌いなら、それでかまわない。だが、今度だけはオレのいう事を聞いてくれ。いいな」

 責任感からだとしても、そう何度も念を押して心配されると、やはりちょっと嬉しくて、結衣は少し笑って答えた。

「何度も言わなくてもわかってるわよ。それに、あなたの事、嫌いじゃないわ」

 ロイドは驚いたように少し目を見開くと、続いて安心したように微笑んだ。

「そうか」

 安堵のため息と共に、ロイドは涙に濡れた結衣のまぶたに軽く口づけた。
 結衣が咄嗟に目を閉じ、ゆっくりと目を開くと、ロイドがメガネを外していた。次の行動は容易に想像がつく。
 近付いてくる顔をぼんやり見つめていると、唇が触れあいそうになる間際、ロイドが動きを止めた。

「逃げないのか?」

 静かに問いかけるロイドに、結衣はキッパリと答えた。

「逃げても無駄だから」

(だって、心はすでに捕まってる)

「だったら、目を閉じろ」

 ロイドの静かな命令に、結衣は素直に従う。その直後、唇にロイドを感じた。
 あのタバコ、香りは甘いけど味はやっぱりタバコなんだ、と妙に冷静に考えていた。
 抱きしめるロイドの腕に、少し力が加わった。
 二度目のキスは、少し苦くて、そして優しかった。

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