クランベールに行ってきます


 望まれて、母の胎内から普通に生まれてきた子供が、クローンだったからといって自殺したとは考えにくい。それが気になったので、ロイドに尋ねてみた。ロイドは再び表情を曇らせる。

「みんな短命だったそうだ。当時はまだテロメアの修復技術が不完全だったからな」

 訳のわからない単語に、結衣は眉間にしわを寄せる。

「テロメア? ——って何?」
「人間を含む真核生物の染色体は末端にテロメアという構造を持っている。こいつには染色体を安定させる役割がある。細胞分裂のたびにテロメアは短縮され、なくなると分裂は止まる。テロメアを失って不安定になった細胞は癌化するので、アポトーシスによって取り除かれる。通常テロメアは短縮されるだけで、伸びる事はない。つまり、分裂のたびに細胞は老化していくという事だ。クローニングに使われる体細胞の核は、すでにある程度老化している。だから体細胞クローンは短命なんだ」

 一気にまくし立てるロイドに、結衣はしばし沈黙した。

「……ごめん。途中から思考回路にシャッターが下りた。つまり、どういう事?」
「……体細胞から作られたクローンは、見た目が赤ん坊でも、細胞は大人だから長生きできないという事だ」

 相変わらずロイドの知識量には感心する。結衣は半ば呆れたように、ロイドに尋ねた。

「あなたって、機械専門の割に、人間の脳や身体の事にも、やたらと詳しいのね」
「ラフィット殿下がおっしゃってただろう。オレはちまちました機械が得意なんだ。そういうちまちました機械は、人間の心理や動きに密接に関係している。たとえば、この携帯用パワードスーツ」

 そう言ってロイドは、ポケットから折りたたまれた棒状の金属を取り出した。
 ロイドがそこについたボタンを押すと、金属の棒は四方に蜘蛛の足のような状態で広がった。

「これは手足に装着して、通常の力で二倍から三倍の重さのものを持ち上げたりできるんだ。おまえでもオレを持ち上げる事ができるぞ。これも、脳科学や生体力学なくしては作れない」

 今度のマシンは役に立ちそうだが、何故それをポケットに入れて持ち歩いているのかは謎だ。
 色々と不思議なマシンが出てくる、ロイドの白衣のポケットは、まるで四次元ポケットのようだ、と結衣は思った。

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