光の旅人

その小さな港町は、音楽の街でした。
もとは捕鯨で栄えた街ですが、捕った鯨の魂を漁師たちの歌で供養する慣わしが昔からあるそうです。そのうち、誰かがバケツと折れた釣り竿で拍を取り、別の誰かがギターを鳴らし、それを誰かが商売にして、とやっていくうちに、この街はバンドと作曲家とでいっぱいになりました。子供たちは幼い頃から、何百もある漁歌を教わり、大人たちから楽器を教わり、他の街から流れてくる流行歌を自分たちなりに編曲したりして、だれもが立派なミュージシャンになるんだそうです。なので、この街の大人たちは、どんな職業の人でも、最低一つは楽器に通じており、子供たちは愉快で温かな歌声を日がな響かせています。


私たちが街へ着くと、まず長老が街へ入り、町長さんに話を通します。しばらくすると歓声があがるので、そうしたら私たちは街へ入ります。住民の人たちがみんなで迎えに来てくれており、入り口は人でいっぱいです。陽気なラッパ、ずんずん響くドラム、そして何百人の歌声が、小さな街を覆い尽くし、空へ抜けるような朗らかさで、鳴り響きます。よいしょよいしょと通り抜けていく私たちに、住民の人たちは口々に「ようこそ!」とか「ありがとう!」という言葉をかけてくれます。私はどの街へ行っても、この時だけは困ってしまいます。失礼だと思いつつ、何だか恥ずかしくなって下を向いてしまうのです。長老やお父さんたちは、そりゃすごいかもしれませんが、私なんてまだ何にもできないただの娘です。それなのに「ありがとう」とか言われると、何だか照れくさくてしょうがないのです。

少し行くと、長老が誰かと楽しそうに話しています。どうやらこの街の町長さんらしいです。背が低くて少しぽっちゃりしていて、人の良さそうな、優しい笑みを浮かべています。隣には奥様でしょうか、すらっとしたきれいな方が、相づちをうちながら、微笑んでいます。会話が聞こえてきました。
「宿ですか?もちろんお使いいただいて結構ですよ!観光客なんて1人もいませんで、ホテルはみんな空いているでしょう。なあに、代金は気にせんでよろしい。後でホテルの主人に話をつけときましょう。」

快活で良い声です。町長さんも楽器をされるのでしょうか。

「本当にありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます。

この街にオーロラの光があらんことを。」
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