雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

二人の帝

 月読の部屋に戻り、雪の姿をした阿修羅に飛びつかれる覚悟で扉を開けた月夜は、空っぽの空間に視線を巡らせた。

「あの魔物……目を醒ましたのか」

 月夜は僅かに肩を落とした。

――はっ! なにを落胆しているんだボクは。

 不意に罪悪感に襲われる。
 殺されかけたとはいえ、月読の首をはねた男のことなど、考えるに値しない。
 魔物は人間の天敵なのだ。
 本当なら、月夜の手で屠るべき相手。

「……どうせボクじゃ敵わないのはわかってる」

 そして契約が履行されれば、月夜の身体は魔物に捧げられなければならない。
 月夜はふと顔をあげた。

「そうか……あいつは契約のために、戦っていたんだ」

 契約とはつまり、結果とそれを獲るために必要な工程だ。
 どちらかが欠けても、成立しない。
 ならばそれを逆手にとり、神を退けさせることができれば、もしくはどちらかが、あるいはどちらとも倒れてくれれば正に一石二鳥。

――そううまくことが運ぶとは思えないけど。でも、ありえないことではないな。

 あの男の力は、人間よりは遥かに神に通じていた。
 そうでなければ、真っ先に鍵は奪われていたはず。
 うまく云いくるめて、人間が魔物を使役してやればいい。
 月夜は一条の光を感じて口許を歪ませた。

「同じ死ぬ運命なら、魔物、ボクはお前に喰われる方を選んでやる」

 覚悟を決めた月夜は、懐の鍵を確かめて部屋から出ていった。
 月読の、上級官が住む別棟。
 その一角にたどり着くと、緊張を湛えた顔で扉を叩いた。
 すぐに返事は返り、部屋は月夜を迎え入れた。
 そこにいたのは、月読最高位候補天照であった。

「月夜殿。帝の様子はどうだ?」


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