雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
 なだめられ、落ち着きを取り戻した月夜は、自分が天照の腕にすがっていたことに気づいて素早く体勢を立て直した。

「し、失礼しました……」

「いや、無理もない。訊けば神を退けたのは月夜殿だとか。よくぞやってくれた、お陰で命拾いを……礼を云う」

 慌てて首を振った。

「そ、それは違います! あれはただ、あの男が――」

 月読を殺したあの魔物が、月夜との契約のためにしたことだ。

「あの男……とは」

「い、いえ、その……」

 それを口にすれば、月夜が魔物と交わった事情まで説明せねばならなくなる。
 月夜は口を閉じた。

「ふむ……ともかくいまは、負傷した者たちの回復につとめ、次なる神の侵攻に備えねばな……」

 それ以上は天照も何も云わなかった。
 もし白童がこの場にいたとしたら、果たして自分を責めるであろうか?
 月夜は複雑に絡み合う感情の渦に惑い、くちびるの裏をきつく噛みしめた。

――白童様……どうか、愚かな私を許して下さい。

 しきりに月夜はそう願っていた。



 しばらくの間、月読たちの傷を癒しながら続けられた、命を奪われた者たちの埋葬。
 そのほとんどが、高等級に値する術者だった。
 生き残った者たちは、口を揃えこう云った。

「突然、己の意思をねじ曲げられたように、味方が敵としか思えなかった」

 主である月読自身が命じれば、その式は躊躇うことなく相手を仕留める。
 一度に大勢の月読の意思を操ることなど、神以外の誰にできようか?

――神とはなんだ? 神とはこれほどまでに人間を軽んじるものだったのか!

 月夜の中で、憤りに渦巻く黒い塊が胎動した。


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