雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

望みの報酬

 封印にはそれをかけた者の印が遺伝子のように組み込まれている。
 それは同じ印に対して解放を、違う印には反撥を示す。
 ゆえに封印はかけた者でなければ解くことはできない。
 あるいは……それに限りなく近い印を持つ者が、解放と反撥をその身に受ける覚悟であるならば。
 当然、命の保証などあるはずもない。
 許しもなく封印を解くというのは、そういうことである。

――白童様…っ。

 申し訳のない気持ちでくちびるを噛み締めた月夜の心の臓を、帝釈天の刃の如き爪が掠めた瞬間、それは同時に起きた。
 死角から飛び出した阿修羅が帝釈天を襲い、その手から雪の腕が月夜を取り戻す。
 しかし帝釈天はすぐにまた爪を構える。
 阿修羅を退けながら、奪われた生け贄めがけて突き出されたそれは、確実に届いた肉をえぐり取った。

「……ぐ……はっ」

 大量の血を吐き出し、くずおれていく魔物の姿に、月夜はまさかという思いで手を伸ばした。

「イシャ…ナ?」

 差し出された手に、イシャナの魔物と化した手が応えようとする。
 だがそれは触れ合うことなく、冷たい石畳に落ちていった。
 三度の攻撃から月夜を遠ざけた雪の反撃がはじまる。
 神魔力の差が生じないこの結界の中で、二人は激しい肉弾戦を繰り広げる。
 その傍ら、ギリギリのところで帝釈天の魔手から助け出された月夜は、瀕死のイシャナを見下ろしていた。

「イシャナ……しっかりしろ。死んではダメだ……お前がいなくなったら、ナーガはどうなる?」

 掠れ声の月夜に、イシャナは今にも消え入りそうな笑みを浮かべる。

「……月夜……様。ずっと……声が、しとりました……俺を呼ぶ、貴方の……声。そないに名前、呼んで……くれはるん……嬉しゅうて……嬉し……て、ホンマ……生まれてきて、はじめて儲けた……思て」


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