雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

帝の側使

「……噂では、どこの馬の骨ともわからぬ下賤の出だと云うではないか? いくら優秀だとて、その様な者を帝の側使にするなど、いったい誰が認めるというのだ!」

 遥か大陸の南。緩やかで鮮やかな気候とほどよい実りに恵まれた国ガルナを、縁の下で支える月読寮。
 しかしどの時代、どんな場所にも、他人をうらやみ陥れたがる人間はいるものだ。
 つい先刻のこと、政(まつりごと)の一端をになう月読の称号を、最年少で与えられた月夜という少年が、即位したばかりの、これも年若い帝にかしずく側使として任命された。
 彼、月夜が、前帝の側使であり月読の最高位、白童(はくどう)の養い子であるのは周知の事実であったが、その出生についてよく知るものはいなかった。

 だん!
 さしてせまくもない学舎の廊下のまん中で、何かに脚をとられた少年が床に膝をついた。
 周りを歩いていた、彼と同じ年恰好の少年たちが、不思議そうに彼を振り返る。
 足早に遠ざかっていくまばらな足音が、ひそひそと笑い声を発した。

 ――またか。

 彼は手放してしまった書物を拾うと、立ち上がって膝を払った。
 頭の高い位置で一纏めにした、その名の通り、黄色がかった艶やかな髪を揺らし、周りの視線をなぎ払うように一瞥する。
 繊細で、中性的な容貌が浮かべる冷然とした表情に、その場の全員が凍りついた。
 その隙をついて、足早にそこから離れる。


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