雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
 雪に追いつく唯一の機会を失った。
 いまふたたび霊山に入るのは無謀としか云えない。
 本当にもう…逢うことはなくなるのだろうか?
 執拗に追ってくる獣を尻目に、月夜はいつまでもそのことが重く胸にのしかかるのを感じていた――。


「このような刻まで居場所も知らせぬなど、感心せぬな…月夜。己の立場はわかっているであろうが、如何なる刻も帝の声が届くところに控えるが、側使のつとめ」

「……申し訳ありません」

 霊山を抜けたあと、獣の気配も消え失せて、月夜は無事に宮へと戻ることができた。
 しかし待ち構えていた白童の使いによって、月夜がしばらく部屋を空けていたことが知れてしまっていたのだ。
 白童によばれた月夜は、代々月読の最高位だけが入ることの許された、刻の間へと脚を運んだ。
 部屋の前までくると、驚いたことに白童が中へと月夜を招き入れた。
 そのことで、よくない立場に立たされたのではないかと危惧したが、そうではなかった。

「であるが…お前もまだ若い。おのれの本分を忘れなければ、ときには本能に従ってみることも重要な意味を持つ場合がある…」

 白童は、書棚に囲まれた三階分はある高い天井の部屋の真ん中で、机の上に広げられたたくさんの書物を眺めながらうなずく。
 入り口の傍で立ち尽くしていた月夜は、できるだけ感情を悟られないよう努めていた。
 白童なら、月夜がいま抱えている動揺も容易く見抜いてしまうに違いないのだが…しかし、今はそれよりもよほど慎重であるようにも見受けられる。

「それで…いったい何があったのです?」

 月夜は重い口をようやくと動かした。


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