雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
 月夜をそう呼ぶ声が、埋もれていた懐かしい記憶を呼び覚ます。
 まるで走馬灯のように、見知らぬ風景までが次々とめぐった。

――これは…ボクの記憶、なのか?

 覚えのない景色。
 覚えのない人物。
 月夜はそのひとつひとつに刮目する。
 その中でひときわ強い印象を持ったのは、一人の美しい人。
 よく知る誰かに似ている気がする。
 その人が、月夜を見て微笑んだ。

『羅刹…』

――らせつ?

 そこでようやく、それが自分の記憶ではないことに気づく。

――この人は…人間じゃない!

 過去の虚像ではその気配まで感じることはできない。
 しかし月夜は、それが彼のものであると気づいたことで理解した。

――羅刹…それが、あなたの本当の名か?

 雪の瞳が月夜で満たされる。

「…名前などに意味はない。お前と俺はもう、同じ魂を共有している。俺はお前で、お前は俺…肉体のしがらみを捨て、感じてみろ。わかるはずだ」

 云われて静かに目を閉じた。
 身体の奥底で、大きな何かと繋がっているのを感じる。
 そこから、さざ波のように押し寄せてくる律動。
 それは少しずつ、大きなうねりとなって月夜の心にまで浸入しようとする。

――あ……ああっ……やめろ、そこは……だめだ!

 月夜は恥ずかしさに悶えた。
 誰にも晒したことのない心の奥を覗かれる恥辱…。
 喜びも悲しみも、怒りもすべて、月夜がこれまで経験し手に入れた感情のつまった大切な場所。

「生きることを諦めるか? このままなにもかも忘れて永遠の眠りを選ぶなら、お前はこれ以上苦しむことも、悲しむこともない…」

――苦しむことも、悲しむことも? 十六夜のことも、白童様のことも。すべて忘れて…?


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