砂糖菓子より甘い恋【加筆修正ver】
 それから、龍星は足早に毬の元へと向かう。侍医が、首の手当てを済ませてくれていて、いくつかの助言もくれた。

「くぅん、くぅん」

 毬を見つけた白が駆け寄ってきて、甘えた声をあげる。
 ふわり、と、力なくも毬の口角があがる。ほんの一瞬ではあったが、かすかに浮かんだ笑みらしき表情を見て、龍星はほんの少しだけ胸を撫で下ろす。

 龍星は近くに居る者に、白を都に送り届けるように頼み、侍医には、唯亮――の正体は伏せ、あの男――の様子を見るよう依頼した。それから、毬をそっと抱え上げて馬に乗る。
 傍で見ればその右耳には、切り傷が痛々しく刻まれ、艶やかな美しい黒髪も無残に削がれていた。
 それは、まるで。
 右側の前髪だけ、切ったようですらあった。龍星と視線が合った毬は唇を横に結び、何も言わない。その表情から感情を読み取ることは、龍星には困難だった。


 雅之は、後ろ手に厳重に縛った上、その縛り目を丁寧に護符で封印してある行家を荷物のようにぞんざいに抱え上げ、馬に乗る。
 行家の方には未だ、矢が刺さったままだ。下手に抜くと出血が止まらなくなる恐れがあるというのが、侍医の見立てだった。

 二人、都を目指して馬を下らせた。


 後に山に残るのは、いまだ事態についていけてない御付の者たちと、照りつける太陽の光、そして、蝉の鳴き声だけだった。
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