光のもとでⅠ
「寒くないか?」
「うん。冷たい風が気持ちいいくらい」
「そうか、寒くなる前に中へ入ろうな」
 そう言ってお父さんも腰を下ろす。
「お父さん……」
「ん?」
「今年の秋は、虫の音を聞く間もなかったの……」
「虫って鈴虫のことか?」
「うん」
 それくらいにあっという間に時間が過ぎたのだ。
 いつもなら、鈴虫がリーリーと鳴く音を聞いて、「リー」という声は四分音符で振り子だろうか、とか「リリリ」と鳴いたら三連符。
 そんなことを考えるのに、今年は一度も考えなかった。
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