光のもとでⅠ
 唯一目が合った人はエレベーターに乗っていた。扉が閉まる直前だったこともあり、再度ドアが開くことはなかった。きっと、ボタンを押すのには間に合わなかったのだろう。
 エレベーター脇に緑の非常階段誘導照明見つけ、踵を返し重いドアを開けた。
 呼吸が苦しくて踊り場で足を止める。膝に手をつき痛む足先を見ていると、額から汗が伝い落ちた。
 急がなくちゃ――。
 手すりに掴まり気力だけで残りの階段を見上げる。と、天井に防犯カメラと見て取れるものが設置してあった。
 声を発する必要はない。口を動かしさえすればいい。
 お願い、誰か見ていて。誰か気づいて――。
 カメラに向かって口を動かす。なるべく伝わりやすいようにはっきりと。
「会長、レストラン、喘息」
 それだけを口にし、すぐに残りの階段を上り始めた。
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