アカイトリ
どうやら凪は朝までずっと楓をからかいっぱなしだったらしく、楓の表情は見るからに不機嫌だ。

だが凪の表情は玩具を与えられた子供のように輝いており、颯太は馬に乗ると天花の手を引いて同乗させた。


「気付かない間に仲が深まったみたいだな。頼りにしているぞ」


「おう、任しとけ」


「冗談ではありません!」


憮然とする楓がしんがりを務め、凪がまたも先行して駆けて行った。


何だかんだ言いつつ息は合っているようだ。


途中進路を変えて街の中を通る。

以前は志半ばに天花を掠われたため、街全部を見て回ったわけではないので、天花は祭にはじめて来た子供のように辺りを見回していた。


「颯太様、あれを」


楓が馬を寄せてきて指差した方向には人垣ができており、颯太は中心を覗き込んだ。


「…菖蒲?」


情事の相手だった若き未亡人だ。

もう会うことはないと思っていたが…


――颯太は馬を降りた。

わからない程度に天花がすがるような視線を向けたが、事態を見守った。


「菖蒲」


声をかけると、菖蒲は真っ青な顔でうずくまっていた。


「颯太様…」


「どうしたんだ?」


ゆっくりと身体を支えて起こしてやると、菖蒲が頭を軽く押さえて弱々しく笑った。


「少し立ちくらみがしただけですわ…お気になさらず…」


「そうはいかない。一旦屋敷へ来い。医者を呼んでやる」


楓が呼んできた馬車へ乗るように言うと、菖蒲は馬上の天花を見上げて笑いかけた。


「颯太様、こちらが…?」


「…ああ。天花と言う」


両手で抱き抱え、馬車へ乗せようとすると菖蒲が天花を手招きした。


「天花さん、こちらにお乗りになりませんこと?女性がそのように馬に乗るものではありませんわよ」


やんわりと言われ、天花は少し赤面しつつ馬を降りた。


「大丈夫、何も言いませんわ」


ぼそっと颯太にだけ聞こえるように囁くと、颯太は苦笑した。


「菖蒲、こじらせてくれるなよ」


「承知しておりますわ。申し訳ありません、二度とお会いすることはないと誓いましたのに…」


「いやいいんだ。医者に診てもらえ。腕利きを呼んでやる」


さらに菖蒲は誰にも聞こえないように呟いた。


「…お人よし」


天花が馬車に乗り込む。


女二人を乗せ、妙な空気を醸しだしながら走り出した。
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