アカイトリ
膳を引いて台所に戻り、洗い物を終えるとようやくひと段落して、使用人用の机に蘭は突っ伏した。


「あーあ…颯太様はいつになったら気付いてくれるんだろ…」


独り言を呟いたつもりだったのだが…


「一生気付くことはないかも」


天から降ってきた低い声に慌てて顔を上げると、楓が居た。


「あ、楓。朝稽古終わったの?お疲れ様」


颯太を守るために剣術や体術を極めたため、楓の身体はあちこち傷だらけだ。


「はい、お茶」


「ありがとう」


無言のままに茶を啜る楓をじっと見つめる。


「…何だ?」


「…あの鳥に颯太様を奪われる位なら、あんたに奪われた方がいいなと思ってさ」


蘭は、楓が颯太に寄せている禁断の気持ちに昔から気付いている。


また、颯太の色香が年々強くなり、気まぐれに抱かれた女たちが狂い死にしたり、


強硬な手段で颯太に危害を加えようとする女たちを、颯太から遠ざけたり、また処分したりするのが、楓の隠れた役目だった。


もちろん、颯太はそれを知らない。


この世界に在って、金の髪の人間は存在せず、

颯太のような美貌の男は類い稀で、この街だけではなく、遠方からも縁談話が山のように来るのだ。



「俺は別に…颯太様だから、お慕いしているだけだ」


「わかってるわよ。颯太様だから、だもんね」



“颯太好き好き同盟”の楓と蘭は、颯太を誉め出すと止まらなくなる。


蘭は、楓が抱いている気持ちを知って気持ち悪いとは一度も思わなかったし、


また楓も、知らない女に奪われるよりは、颯太と蘭が夫婦になった方がよっぽどましだと思っている。


「あんな鳥に、好きなようにされていいのか?」


「そんなこと言ったって…無茶なことしてあたし嫌われたくないもん」


この数日で恐ろしい程に颯太と天花が何かで結び付き、また矜持の高い朱い鳥が膝の上に乗るまでに進歩した。


「楓、あんたちゃんと見張っときなさいよ」


年下のくせに年上ぶる蘭に、無表情が絶えない楓は口角を上げてそっと笑うと、部屋を出て行った。



あたしは欲深き人間だから、絶対に颯太様は渡さないわ。
< 36 / 160 >

この作品をシェア

pagetop