アカイトリ
早朝、楓が朝稽古を終え、水をかぶるために井戸のある方向へ向かっていると、いつもならば絶対に起きてはいない主・颯太が縁側で寝転んでいた。

ぽたぽたと汗が身体から滴り落ちる中、楓は音もなく近づく。


…眠っている。


肩肘をついて頭を支え、器用に。


「颯太様、初夏と言えど風邪を引きます、よ…」


うーん…と唸って楓のいる方向に寝返りを打った颯太の浴衣が若干はだけて、鎖骨の滑らかな線が剥き出しになった。


起こそうとして伸ばした手が止まった。



颯太は美しい。

物心ついた頃から、欲望の対象だった。

どれほど淫らな妄想を繰り返したか、わからない。


妄想の中での颯太は従順で、立場が逆転し、楓の身体を常に欲した。

自分の身体の下で、いつも淫らな声を上げた。


…妄想で終わるならば、それでいい。


いつかこの主を組み敷いてしまうのではないか、気が気ではない。


あの細い首を唇で舐めて、徐々に下へ降りて、腰と脚を抱えてそして…



――愛しき主を前に、ものすごい速度で妄想が生まれる中、

ぱきっ。

枯れ草の折れる音がして、はっと振り向くと、あの邪魔で仕方ない朱い鳥が見つめていた。


違う意味で、頭に血が上る。


「欝陶しい獣め、お前など切り捨ててやりたいが…」


主がそれを許さない。


うーん、と颯太が唸り、再び視線を戻すと、そこではじめて彼が握り締めていた女ものの浴衣に気付いた。


天花に用意したものだ。


つい先ほどまで二人が一緒に居たということか…


いらいらする。


「颯太様のお傍に生涯居るのは、俺の方だ」


敵意も剥き出しに睨みつけると、ふいっとその場から朱い鳥は立ち去ってゆく。


「ああ…、楓か。今何時だ?」


むくり、とゆっくり颯太が起き上がる。


「まだ早朝です。颯太様はお部屋で休まれますように…」


汗の匂いがする楓を見て、颯太は自分の首や頬に触れると、立ち上がった。


「俺は寝てただけだが汗をかいたな。楓、お前はこれから水浴びするつもりだったんだろ?俺と一緒に入ろう」


「…は?」


「背中位流してやるぞ」


楓は妄想が現実になったのかと目を瞬かせた。
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