アカイトリ
使用人の男を起こし、風呂を沸かすよう頼むと、楓は顔を押さえて呻いた。


「何故こんなことに…」


颯太と風呂に入るなど、とんでもない。

今何か起きてしまえば、取り返しのつかないことになってしまいそうだ。


「俺は先に入ってるからな」


そう楓に声をかけて大浴場の方向へ鼻唄を歌いながら歩いて行く主がどうにも憎い。


…この想いに気付くはずがないか。

何せ同性なのだから。


――数ある浴場の中で、主だけが入れる大浴場へためらいつつ足を踏み入れると、水の音が聞こえる。

すでに中へ入っているようだ。


さらにためらいつつ胴着を脱ぎ、戸を開けると…颯太が頭の上に手ぬぐいを乗せ、気持ち良さそうにしていた。


「ああ楓。早く入れ」


「…はい、失礼いたします」


ざばり、と一度湯をかぶり、颯太を盗み見ると、木製の格子上の柵間から見える空を見つめていた。

楓が桧で作られた浴槽に…颯太からかなり離れて入ると、颯太が半ば泳ぎつつ寄ってくる。


…気が狂いそうになる。



「お前とこうして風呂に入るなんてどのくらいぶりだ?」


「…察するに、十四年以上経っているかと」


「ああ、もうそんなに経つか。ではこれが最期になるかもしれないな」



――悟った風情で笑いかけてきた颯太に、楓の胃は捩切れそうになった。



颯太は長く生きることができない。



颯太は暗にそう言ったのだ。



この碧い鳥の末裔に仕えて数千年。

始祖の代からの付き合いとなる楓の家系。


二年早く生まれ、長子で唯一の跡取りとなった颯太が生まれ、父から言われた。


“使命を全うするまで、誠心誠意お仕えするのだ”と。


短命であることも、颯太自身から聞いていた。

だから、馬鹿を装って女遊びばかりして気を紛らわせていた。


「…颯太様」


「楓、背を流してくれ」


ざばっと勢いよく立ち上がった颯太を見ないようにものすごい勢いで逆方向へ首を捩曲げる。


…どこを見ればいいのかわからない…


目のやり場に困り、楓はなるべく意識しないように浴槽から出た。
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