アカイトリ
柔らかい布に石鹸を含ませ、颯太の背中を擦る。


年々強く香る颯太の身体からはえもいわれぬ香りが漂う。


…この香りで、何人女が狂ったことか。


――白い肌が若干赤くなる。


颯太は名家に生まれたため、誘拐まがいや、性質の悪い悪党どもに狙われることがしばしば起きたため、楓の父であり、剣豪でもある疾風(ハヤテ)から指南を受け、かなりの腕前を持っている。


その身体には、小さな傷が多々残されている。


左肩の上に残る傷痕に、指で軽く触れた。



「この傷…颯太様が木から落ちた時についたものです」


「ああ、お前が居なくてな、木の上にあった鳥の巣が見たくて上ったんだが…降りれなかった」



肩超しに少し振り返って微笑する。


何と…
何と美しいのか。


「この脇腹の傷痕は…賊から急襲された時に刺されたものです」


「うん。まだ十二の頃だった。お前も刺されたな」


ぴちゃん、と少し長い襟足から水滴が落ちた。

少し上げた顎から、喉仏までの線がどうしようもなく美しい。

胸を打たれて楓は手を止める。



「楓…長きに渡り仕えてくれて感謝している。朱い鳥に出会ったことで、使命を終えることができる」



…それはつまり…


もうお仕えすることができないということか…?



「天花が字を覚えれば、膨大な記録が記された書物を読み解き、それを他の神の鳥に伝え歩いてもらいたい。それで俺の使命は終わる」



…楓は競り上がってくる吐き気に必死に抵抗した。


生涯…この主の傍に仕え、守ってゆくのだと信じていたのに――



「私は…もう、必要ないのですか?」



かろうじて聞こえた問いだったかもしれない。

だが、颯太はわずかに首を振った。


「違う。お前にも、俺が死ぬまで傍に居てほしい」


…お前「にも」?


他に誰が……


――脳裏にぱっと鮮やかなあの朱い鳥が浮かんだ。



「あの鳥と…そのような約束を交わしたのですか…?」


「ああ。天花と出会ったから俺たちは使命から解放されるんだぞ。喜べ」



…俺は解放などされたくない!!



――楓は背後から強く愛しき主を抱きしめた。
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