週末の薬指
曖昧に笑いながら、ぼんやりと考えていると、力強い手が私の腕を掴んだ。
倒れこむように引き寄せられて、すっぽり収まったのは広い胸。
スーツから香るのは、それほどきつくない男性用の香水。

「俺が一目ぼれして手に入れたんだ。それでいいだろ」

頭の上を、低い声が響く。ゆっくりと顔を上げると、けん制するような笑顔を部下の人たちに向ける顔が近くにあった。

「せ……瀬尾さん……」

瀬尾さんの言葉になんだか照れてしまって、それに、一目ぼれなんて嘘だし、焦ってそう口にすると。

「悪い、今日はこのまま帰るから。二次会でも三次会でもお前らで行ってくれ」

私を抱く手に力が加わった。それって……なんだかもう慣れたかも。

「はいはい。課長はこのまま彼女と楽しい夜を過ごしてください。俺らはもう少し飲んで帰りまーす」

「あ、明日同じスーツとネクタイは厳禁ですよ。社内の女の子の悲鳴が聞こえますからね。課長に彼女がいるなんて広まったら、大変です」

「大丈夫です、僕たちは口が堅いんで、今目の前にいる綺麗な婚約者さんの事はちゃんと黙っておきます」

瀬尾さんに向かって次々と言葉が飛んでくるけれど、瀬尾さんは表情を変えることなく静かに聞いていた。

けれど、突然

「黙らなくていい。結婚するし、花緒は同じ会社の人間でもないからいじめられる心配もないから言ってくれていいぞ。いや、広めてくれた方が俺にはありがたいな」

「でもっ」

再び、黄色い彼女が視界に飛び込んできた。それまで、少し距離を作って私をにらんでいた彼女、瀬尾さんに向かってなにやら必死になっている。

「婚約したって言いますけど、梓さんはどうするんですか?彼女だって瀬尾さんの恋人じゃ……」

「恋人じゃない。彼女が一方的に俺に好意を持ってただけで何の関係もない。
宣伝部から営業部に異動になって、関わることももうない」

「でも、彼女はまだ、きっと……瀬尾さんの事。それに、私だって……」

一生懸命に何かを訴えようとしている黄色い彼女は、はっと我に返ったように瞳を大きく見開いた。
と同時に小さくため息を吐くと。

「少なくとも梓さんは、課長の事を」

「ああ、告白もされたし泣かれたけど、俺にその気はないってことをちゃんと伝えてわかってもらってる。
今更他人が蒸し返すのは彼女に失礼だ。それに、俺には花緒っていう婚約者がいる」

冷たい声で、黄色い彼女を突き放した。
瀬尾さんの胸に抱え込まれたまま、その声に私も震えた。
きっと、直接その言葉を投げられた彼女はもっと震えてるはず。

「じゃ、私も、だめ……なんでしょうか」

やっぱり。力なくそう呟く彼女の声は、震えていた。

そして、目の前の彼女の気持ちの強さに不安が溢れ、『梓さん』という女性の存在を知り、私の心も震えていた。
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