ゼロの行方
「遅かったようね…」
 レイカは静かに拳を握りしめていた。隔離区画内のロボット達も暗い表情を見せるかの様に淡々と命じられた作業を行っていた。医療室は誰も言葉を口にする者はいなかった。「残念です。もう少し早く病原体が解ってれば…」
 エレナの再生される音声が心なしか震えていた。ヒューマノイドは斯うした細かな感情表現さえ身につけていた。人間と同じ様な容姿を持ち、人間のすぐ近くにいる様に造られたロボット達は皆同じ様な仕様になっていた。そうすることが良いとされているのだ。
「あなたのせいじゃないわ。私の指示が遅かっただけ。それに患者の様態も重篤だったし」 レイカはそう言うと胸のコミュニケーターのスイッチを入れブリッジに患者の死亡を報告した。
「ドクター、遺体の処理はどうしますか?」 Rシリーズのロボットの一体が指示を仰いできた。感染症に罹患した患者の遺体だ、そのままにしておくことも出来なかった。出来るだけ早く必要な処置をしなければ、今度は『タイタン』の艦内に感染が拡がらないとも限らない。
「そうね、いつもの様に棺に入れて光子魚雷の発射口から射出することになると思うわ」
 レイカは医療室内のロボットに棺を用意する様に指示を出した。

 光子魚雷の発射室。
 ブリッジの要員が黒く細長い棺を囲んでいた。誰もが胸に手をあてて患者だった者の冥福を祈っていた。
 一通りの儀式の後、棺は静かに発射口に運ばれていき、星の海の中に射出された。
 結局、『レアⅡ』の誰一人として救うことは出来なかった。誰の顔にも敗北の色が浮かんでいた。ただ一人の生存者があらゆる事の希望でもあった。『レアⅡ』で起こったことの生き証人となるはずだった。けれどもそれが失われた今、それを知るためにはダウンロードしてきたデータに頼るほかになくなってしまった。
 それで全てが解るのだろうか?
 誰の胸にもそんな疑念があった。
 その気になればデータなどはいくらでも改ざんが出来る。だから『レアⅡ』のマザーコンピューターが残した資料を鵜呑みには出来ない。特に何かの陰謀が進んでいるのかもしれないということを知ってしまった今となっては…。
 それでも、この船の何処か片隅でルナがそのデータの解析を続けているのだろう。彼等にはそれを待つしかできなかった。 
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