まほろばから君を呼ぶ(上)
 いったい、いつから掃除をしていないのだろう。燈火はかび臭い部屋の中でぼんやりと思いをはせた。幼いころに幾度となくこの部屋ヘ遊びに来ていたころは、割と小奇麗な印象だったのだが。
「コホッ」
 日の光の届かない薄暗い部屋の中は埃っぽく少し喉が痛む。カーテンレールに積もった埃は、もう長い間カーテンが開けられなかったことを言外に示していた。適当にごみ袋に突っ込まれたコンビニ弁当の容器とペットボトル。床とベッドには脱ぎ散らかされた洋服と、読み散らかされた雑誌が散乱している。
 ……きっとこの部屋は匂うのだろう、キツイ匂いの芳香剤が置いてあった。
 部屋の隅には山のように積まれたキャンバスの山。全く何も書かれていないもの、真っ黒の意塗りつぶされたもの、途中でやめたと思われるもの、切り刻まれているもの、へし折られているもの、燃やそうとしたのか半分焦げたもの。積み上げられ、打ち捨てられたそれらは独特な圧迫感があり、燈火はなるべくそれらを視界に入れないようにしていた。
 それでもこの左目が見たくもないものを見てしまう。
 ズキリと左目の奥に鈍い痛みが走る。
 あまりの痛みにこめかみに手を添える。
 グラリと目の前の景色がぶれる。
 『見たくない』と左目を強く閉じる。
 しかし、わずかに遅かった。瞼の裏にさっきほど見てしまった景色の残像が浮かび上がる。
 薄暗い部屋の中、この部屋の主が首を吊っている。
 燈火は喉からせり上がってくる吐き気におもわず顔をしかめた。
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