絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

圧力と侮辱の狭間

「そこ、空いてる?」
「あ、はい、どうぞ」
 香月は一瞬立ち上がろうかどうか迷って、そのまま体を左側に寄せた。
 金曜の午後。会社にある、いつもの自動販売機の前のソファ。まだ昼の仕事が始まったばかりの2時前にここに来る人は珍しい。
 それにしても、体の大きな人だ。何かスポーツでもやっていたんだろうか。身長は190近くあると思う。いや、以上かもしれない。明らかに長めの髪の毛は多分そういうヘアスタイルなんだろう、ばさばさの黒髪だが、手入れはしているようだ。そこに、大き目の黒いセルフレームメガネということは、伊達なのかどうなのか。
「だるいね……、休み明け」
「そうですね……」
「……香月さんだよね、新企画課の」
「えっ? はい」
 あれ、人事の人だろうか? 幹部じゃないよな……。
「俺、企画部」
 そこで初めてネームプレートを見ると、確かに、企画部副主任 野瀬 章 と書かれている。知らない顔なので、おそらく課が違うのだろう。
「のせ……しょうさんですか?」
「これであきら」
「あ、章さん……すみません」
「いや、どっちでも読めるし」
 年上だろうな。
「企画に来てどう? 企画の方が面白いでしょ?」
「え……あ、まあ……。どうでしょう。あんまり、変わらない、かな……」
「そう? 営業って残業も多いし大変でしょ?」
「それはそうですね。特に最初の頃は居残りしてました」
「居残り」
 野瀬は面白そうに笑ってコーヒーをぐっと飲み込んだ。
「香月さんとこんなところでばったり2人きりで話しできるなんて、ラッキィだね」
 社交辞令のつもりなんだろう、相手は言いながら立ち上がって、先にカップをゴミ箱へ捨てた。
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