絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ
闇への序章
 新東京マンションのエントランスで、今先ほど巽に向けて最後に放った一言を、香月は心底後悔していた。今の言葉で巽と一緒にいるのが最後になったとみていい。
だがやはり、最後であっても言うべきではなかった。それだけは隠しておくべきだった。
 そもそも、それを了解しての付き合いだったのに、今まで根にもっていたなど知られたくなかった。
 新東京マンションの深夜のロビーは静かで、エレベーターの電子音がよく響く。
 振り返って見たが、エレベーターから降りて来たのはやはり巽ではなかった。
 深いため息を一つつこうとして、携帯が鳴っていることに気づいた。慌ててバックを探り、開いたが、巽ではない。しかも、紺野でもない。
 こんな時間に電話をかけてよこしたのは、あの西野が事故をした日以来。……悪い予感がした。
「もしもし」
 電話の向こうは静かなようだ。
『あの……もしもし』
 最上は静かに、しかし、行き詰った声を出した。
「どうしたの? 大丈夫?」
『すみません先輩、今、どこですか?』
「今は新東京マンションのロビー。大丈夫、今からでも行けるよ」
 先にそう言ってやった方が安心するに決まっている。
『そうですか! あの……本当にすみません、大事な話しがあるので……24時間カフェにきてもらえますか?』
 あそうだ紺野……まあいい。もう巽と終わったのだから、附和のことももう関係ない。
「うんいいよ。行ってからゆっくり話し聞く」
『すみません……』
エントランスですぐにハイヤーに乗り込み、彼女の元へ向かう。
 最上が電話口で話しを始めないことから、話題は千のことに集中するだろうと予測した。
 離婚話しの相談かもしれない……。
 一度会っただけだが、夫はそれほど悪そうには見えなかった。休日に子供を抱いて会社へ来るくらいだから、心配いらないと思うのだが……だが、もし離婚の場合、親権はどうなるのだろう。最上は連れて行く気なのだろうか。それとも、怒った夫に譲るのだろうか。
 それに、千は最上と結婚するつもりなのだろうか……。外国の大学に行くというのも、どうなったのだろう……。
< 45 / 423 >

この作品をシェア

pagetop