絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

転落の水面下

 入店して一か月が過ぎた頃には、桜もほとんど散った。
 なんとか電器店とクラブの接客の違いが分かって、給料がもらえた。ただその給料は水野に直接入るようになっており、実際手元にくるのは生活費の5万円のみ。
 この外見を好んでくれる、優しい男になんとか真面目にしがみついて、ある程度の成績を上げることができたその成果のお金だと思う。
 レイジとユーリも二度来てくれた。レイジは何度か来店したことがあるようだったが、指名したのは初めてだと、もちろん香月を指名し、散財して行った。
「……これがジュースで、これがポテコだったらもっと美味しいのにね」
と言う、高級酒を目の前にする香月の正直な一言に、レイジが険しい表情で
「お金、余分に置いていくから」
と言い出した。結局その現金は手元に置いておくことにしたのだが、ユーリのいつにない無口さと意味不明の慣れないアイコンタクトが、3人の距離を変えてしまったな、と深く思った。
 水野に抱かれるようになって2ヶ月が過ぎた頃、客との枕営業の怖さもあって、避妊手術をした。あの時あれほどためらっていたのに、もう自分を守ることしか考えられなくなっていた。
 法律では、一度出産している女性にしかその手術は適用されないが、ママに紹介してもらった病院でママに付き添ってもらってした。水野には何も言わなかった。いや、水野に内緒にしたのには他にもわけがある。
 手術をして一カ月はセックスができないので、それを理由に止めさせられる可能性があったからだ。
 たった一カ月でも、セックスしないで済むのならありがたいと、そうも思っていたのである。
「馬鹿かお前は!!」
 初めて怒鳴られた理由が、
「私、今日避妊手術したから一カ月くらいエッチできないから」
 であった。
 こちらが強い口調で上から視線で言ったせいか、水野が怒鳴った思った香月は、すぐに後悔し、リビングで経済誌を読みながら寛ぐ水野を前に、泣きそうな表情を浮かべた。
「何で黙ってした!?」
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