絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

お前の思い通りにすることが、どれほど苦痛だったか

今日の新しいドレスは、大手企業をたくさんスポンサーに抱える広告代理店社長が買ってくれたものである。定価、25万円。それほど好みのデザインではなかったが、客の趣味に合わせて選んだ。
深く考えるのをやめて、もうしばらくになる。
売り上げが上がったせいでノルマが上がり、時々顔を出してくれる附和の財布では追いつけなくなっていた。そういう意味で、最近は真剣に仕事をこなしている。
借入額二百万……今度は自らで作った借金なので、既に目処はたてていたが、それでも数か月はかかる。今は少しでも太い客を作って、現金を手に入れることが先決であった。
ここで売り上げを伸ばし、胸を張って生きる。そう思って今日も指示されたテーブルにつく。相手は初めての客だったが、こちらを指名してくれたようだ。
 ヘルプから離れて、指定のテーブルへ移る。
 だが、近づこうとして気づいた。後姿で分かる。
 足が止まった。彼の隣まで、まだ何メートルもある。
「早く座って」
 後ろから押されて、ようやく前に出られる。
「い……いらっしゃいませ」
 会釈をする体は震えていた。
「……」
 左手をソファの肩に乗せ、足を組む巽は何も言わない。
 香月は、その左手から少し離れた場所にどうにか隣に腰掛けると、俯いてハンカチを握り締めた。
「……ここで生きていくつもりか?」
 顔を見た。いつもと変わらないすまし顔の巽は、必ずこちらのことを調べてきているに違いない。
「……」
言葉にならなかった。生きていく、という嘘の言葉を巽に向けて発する強がりをする力も、今はなかった。
「言えないか?」
 歯を食いしばって、涙を堪えた。
「……お前には向いてない。今すぐやめろ」
「……私は、お金が必要なの……」
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