エスメラルダ
 エスメラルダは拘束を解かれるとマントですっぽり包まれた。そしてマーデュリシィの部屋に連れて行かれた。
 まずは湯浴みをする。マーデュリシィが儀式の時とは別人のように優しくエスメラルダの湯浴みを手伝った。巫女の介入を許さずに。
 クリーム状の泥は文様と共に落とされた。髪は三度も洗われた。
 それから、エスメラルダは用意されたドレスに着替えた。
 それは深緑のドレスだった。胸元を大きくくった黒のレースがあしらわれたドレス。
 鏡台の前に座らされて、エスメラルダは首筋に真珠の首飾りを止められた。
「マーデュリシィ様……このように見事なものをお借りしても宜しいのですか?」
 エスメラルダがそう問うのも無理はない。
 真珠の首飾りはエスメラルダも持っている。
 だが、その首飾りは真珠がとてつもなく大きかったのだ。
 親指の爪くらいはありそうな、それでいて完璧な球体をした首飾り。
「今日は大変だったでしょう? だから、ね? これはプレゼント。ドレスもよく似合うわ。今夜の夜会に出席する為のドレスをと思って仕立てさせたの」
「そんな……頂けません!!」
 エスメラルダの言葉にマーデュリシィは笑った。
「じゃあ、そうね、婚約祝いよ。それなら構わない?」
「マーデュリシィ様!!」
「はい、水晶」
 ぽんと、マーデュリシィは空間転移で取り寄せた水晶をエスメラルダに渡した。
「貴女からフランヴェルジュ陛下への贈り物。そしてその貴女を最高に美しく飾り立てるのがわたくしから陛下へのプレゼント。髪も結わせて頂戴。貴女は次期王妃なのよ。完全に美しく、賢くあらなくてはならないわ」
 エスメラルダはマーデュリシィの言葉を殆ど聞いていなかった。
 あの屈辱的な経験の後で手に入れた水晶にはひびどころか曇り一つ見受けられない。
 きっと、喜んで下さるわ。フランヴェルジュ様はきっと。
 その時、唇に柔らかいものが触れた。
 マーデュリシィが口づけたのだ。
「!!!!」
 エスメラルダは絶句する。
 小鳥が餌を啄ばむようなそんなキスであったけれども。
「正気に返って頂戴。わたくし一人喋っていて、まるで馬鹿みたいだわ」
「だっだっだ、だからといって口づけなんて! そんなの目茶苦茶すぎます!!」
「貴女の反応を見ていると丁度良い刺激だったように思われるわね。さぁ、急ぎましょう。王家の馬車が迎えに来る前に貴女を飾り立てなくっちゃ。陛下の恥になる」
「フランヴェルジュ様の」
 エスメラルダは大人しくマーデュリシィにされるがままになっていた。
 大祭司であるのに髪結いの技術は素晴らしかった。ドレスは少し古典めいていたが、それでも上品で嫌味なところが少しもない。
「わたくしの実家はね、髪結い所だったの」
 マーデュリシィがエスメラルダの豊かな黒髪に簪をさす。
「わたくしも髪結い女になるんだって信じていたわ。でも七歳の頃神殿から迎えが来て、わたくしは神殿に入った。神の存在は信じていたから信仰の道にはなんら問題はなかったのだけれどもね、髪結い女と大司祭だったらわたくしは髪結い女が良かったわ。貴女の髪はとても素敵ね。艶やかで」
 きゅっと音がする。
 簪が挿される音。普通、そういう結い上げ方をしたら頭痛がする。だが、エスメラルダは頭痛を覚えなかった。結い方が上手いのだ。
「さぁ、終わった。綺麗?」
 マーデュリシィの言葉に、エスメラルダは深く深く頷いた。
「素晴らしいですわ」
「真珠も受け取ってくれるわね? 尤も、受け取ってくれないなら命令するけれども」
「……有り難く頂戴致します」
 エスメラルダの言葉にマーデュリシィは破顔する。
「バジリル、いるのでしょう? この可愛いひとを案内して頂戴。さぁ、エスメラルダ、お行きなさい。陛下の下へ」
 そう言って、マーデュリシィはエスメラルダを送り出した。
 そして彼女は溜息吐く。外を見ると嵐はやんでいた。
 嫌な予感がするわ。
 マーデュリシィはこういう時、困ってしまう。それは自分の予感が絶対に外れる事ない事を、知っているか故であった。
< 105 / 185 >

この作品をシェア

pagetop