エスメラルダ


 あの日。
 何故自分はこの女を抱いているのだろうと思いながらブランシールはレイリエを抱いていた。
 何度も男の印を突き立てる彼の動きにあわせ、レイリエは腰を振る。
 汗をかいた身体は、しっとりと吸い付くようだった。
 麝香の香り。
 レイリエの上げる声。
 囁くように悲鳴を上げるようにブランシールの耳に響く。
 そして、ブランシールは憎しみを込めて、レイリエの身体のうちに精を解き放った。
 憎しみは、レイリエと、そんな彼女を抱いてしまう彼自身に向けられたもの。
 何故、この女に逆らえない?
 何故、この女が願うとおりに自分は動いてしまう?
 ブランシールは自問するが答えは出ない。
 シーツに突っ伏した彼の背中を、レイリエの長い爪が這う。それはまた新たな欲望を生んだ。
 だが、ブランシールは一言も発せず、黙って溜息をシーツで隠す。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ。
 レイリエの爪は肩甲骨を這い、肩をなぞった。
 くすくすと、彼女は笑い声を上げる。その笑い声はひどく癇に障るくせに、いつまでも聞いていたいとブランシールに思わせるものであった。
 ひとしきり指を躍らせた後、相手が何の反応も返してこない事に焦れたのか、レイリエはブランシールの肩に噛み付いた。
「痛ッ……!!」
 思わずブランシールは声を上げる。
 顔を上げたレイリエは、にっこりと笑った。
「わたくしから目をそらしたままなんて、許さないわ」
 ブランシールは仰向けになるとレイリエを睨んだ。
 その顔に、レイリエは破顔する。
「まるでお兄様……やっぱり似ている」
 うっとりと、紡がれる声は甘い。
 だが、甘すぎて胸が悪くなる。
「ねぇ、ブランシール……」
 レイリエが銀の髪をかきあげる。さらさらと、光を反射して光が揺れる。まるで銀のヴェールのように。
「貴方には、幸せになってもらいたいと思っているのよ」
「ならば、何故」
 ブランシールはその声に、憎悪をこめようとして失敗する。唇からもれた言葉の響きは、まるで哀願するようだった。それでも彼は必死に言葉を搾り出す。
「何故この国に戻ってきた? 約束が、違う」
「ああ」
 レイリエはからからと笑った。
「くだらない」
「くだらない?」
 問い返したブランシールに、レイリエは更に笑う。
「そんな事、どうだっていい事よ。少なくとも、わたくしのなかで気持ち良くなって、長々と射精した後、貴方にとってその質問への答えがどれ程の意味を持つの?」
 ブランシールの頬が染まる。怒りと、それを上回る羞恥に。
 レイリエの笑い声は止まらない。
「意味なんてないわ。貴方はわたくしに溺れたならいい。いい子、いい子だわ、貴方は。だからわたくしは、貴方にだけは幸せになってもらいたいのよ。そしてそれはとても簡単なことなの」
 すっと、レイリエの指がブランシールの唇に当てられた。
「簡単なことなのよ、ブランシール。わたくしと似た者同士の貴方なら、きっと決めたならやりとげられるし、やりとげた後、至福が待っていてよ」
「似た者……」
「し、黙って。知っていてよ? わたくしがお兄様を想う様に、貴方も許されぬ想いを抱いているって。解るのよ。だって似たもの同士ですもの……禁忌なのにね」
 ブランシールが息を呑んだ。
 レイリエは続ける。
「知っていて? メルローアの国王はただ一度しか、妻を娶る事がないと」
「リドアネ王は……」
「あれは正式な妻じゃない。ねぇ、婚姻に『二度』はないの。だから」
 ふっと、レイリエの顔から笑みが消えた。
「婚姻の席でエスメラルダを殺しなさい。そうすれば、フランヴェルジュは永遠に貴方だけのものよ」
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