エスメラルダ
ブランシールはレーシアーナの天上での幸せまで奪いたくなかった。
自分の為に思い悩んで欲しくなかったから、ブランシールは歩き続ける。
遺骸が安置されているその場所まで。
先ほど、見苦しくないよう髪に櫛を入れ、口を濯ぎ、衣服を改めた。
白一色の衣装に、黒い喪の腕章。
レーシアーナはブランシールがだらしない格好をする事を嫌がった。
きっちりした格好でいられるよう常に気を配っていた。
多分レーシアーナは解っていたのだろうとブランシールは思う。
服をだらしなく着崩していても、それが粋に見える人種もいればそうでない人種もいるという事、そしてブランシールは後者に当てはまる事という事を。
レーシアーナ自身は華美な事を嫌う、慎ましい娘だった。そう言うところも愛していた。
◆◆◆
響く足音に、エスメラルダはきっと眉を寄せた。
此処は神殿の一室であることからカスラ達の力は借りる事が出来ない。
だが、代わりにバジリルの血族が守っているはずだ。
王妃になり損ねた自分はどうか知らないが、王弟妃の遺骸は守られることであろう。そしてルジュアインの命も。
だが、それでもエスメラルダは緊張した。
死ぬのは嫌だと思ってしまう自分を恥ながら、アユリカナのものでもない、マーデュリシィやマーグのものでもない、せかせかとした足音に耳をそばだてる。
エスメラルダとレーシアーナとルジュアインがいる部屋の前で立ち止まった。
泣き声が聞こえた。悲鳴が響いた。
何!? 何なの!!
神殿騎士達が何故泣いたり悲鳴を上げたりしているのだろう?
思いながら、エスメラルダはルジュアインを揺り篭に手荒く横たえると黒いスカートの中のガーターに触れた。
短剣が、そこにはあった。
扉が開けられる。
短剣を構えていたエスメラルダは、しかしその短剣を落としてしまう。
「ブランシール様……?」
記憶の中のブランシールはいつも滑るように歩いていた。あんな足音ではない。
だが、あの足音こそがブランシールの本質なのかもしれない。
「エスメラルダ……還ってきたよ」
『帰って』、ではなく、『還って』
だから。神殿騎士達は喜びの涙と悲鳴を上げたのだ。
もしエスメラルダが、シャンデリアに細工し落とした犯人がブランシールだと知っていたならば刺し殺した事であろう。
だが、何も知らないから、ただ、言う。
「遅すぎます。レーシアーナがどれ程心細かったと思いますか?」
「すまない、エスメラルダ」
ぺこりとブランシールは頭を下げた。
食事を食べさせられている最中、フランヴェルジュはエスメラルダの事を喋っていた。
ずっと、ずっと、棺の側にいると。
ずっと、ずっと、レーシアーナが寂しくないように。
「貴女にはお礼を言わなければ」
「いいえ、必要ありませんわ。それより、陛下にはもう、起きられるようになった事、お伝えになられたのですか?」
「いや、まだだ」
ブランシールの答えに、エスメラルダは考え込んでしまった。
兄が第一のブランシールが、フランヴェルジュを放ってレーシアーナの所に来た。
レーシアーナの友人としては、エスメラルダは素直に嬉しいのだけれども。
「失礼」
すっとブランシールはエスメラルダの横を通り過ぎると棺の頭許にまで足を運んだ。
「寂しい思いをさせたね、レーシアーナ」
そう言ってレーシアーナの頬を撫でるブランシールを見て、エスメラルダは唾を飲み込んだ。
夫婦の邪魔をしてはいけないわ。
「ブランシール様。わたくし、陛下にブランシール様が此方にいらっしゃる事をお伝えしに参ります。ルジュアインは乳母に預けましょう」
「ああ、有難う」
ドアが閉まる音を、ブランシールは遠くで聞いた。
二人っきり。
「復讐するよ、レーシアーナ。レイリエにも、僕自身にも、もうすぐ……待っていてくれ」
自分の為に思い悩んで欲しくなかったから、ブランシールは歩き続ける。
遺骸が安置されているその場所まで。
先ほど、見苦しくないよう髪に櫛を入れ、口を濯ぎ、衣服を改めた。
白一色の衣装に、黒い喪の腕章。
レーシアーナはブランシールがだらしない格好をする事を嫌がった。
きっちりした格好でいられるよう常に気を配っていた。
多分レーシアーナは解っていたのだろうとブランシールは思う。
服をだらしなく着崩していても、それが粋に見える人種もいればそうでない人種もいるという事、そしてブランシールは後者に当てはまる事という事を。
レーシアーナ自身は華美な事を嫌う、慎ましい娘だった。そう言うところも愛していた。
◆◆◆
響く足音に、エスメラルダはきっと眉を寄せた。
此処は神殿の一室であることからカスラ達の力は借りる事が出来ない。
だが、代わりにバジリルの血族が守っているはずだ。
王妃になり損ねた自分はどうか知らないが、王弟妃の遺骸は守られることであろう。そしてルジュアインの命も。
だが、それでもエスメラルダは緊張した。
死ぬのは嫌だと思ってしまう自分を恥ながら、アユリカナのものでもない、マーデュリシィやマーグのものでもない、せかせかとした足音に耳をそばだてる。
エスメラルダとレーシアーナとルジュアインがいる部屋の前で立ち止まった。
泣き声が聞こえた。悲鳴が響いた。
何!? 何なの!!
神殿騎士達が何故泣いたり悲鳴を上げたりしているのだろう?
思いながら、エスメラルダはルジュアインを揺り篭に手荒く横たえると黒いスカートの中のガーターに触れた。
短剣が、そこにはあった。
扉が開けられる。
短剣を構えていたエスメラルダは、しかしその短剣を落としてしまう。
「ブランシール様……?」
記憶の中のブランシールはいつも滑るように歩いていた。あんな足音ではない。
だが、あの足音こそがブランシールの本質なのかもしれない。
「エスメラルダ……還ってきたよ」
『帰って』、ではなく、『還って』
だから。神殿騎士達は喜びの涙と悲鳴を上げたのだ。
もしエスメラルダが、シャンデリアに細工し落とした犯人がブランシールだと知っていたならば刺し殺した事であろう。
だが、何も知らないから、ただ、言う。
「遅すぎます。レーシアーナがどれ程心細かったと思いますか?」
「すまない、エスメラルダ」
ぺこりとブランシールは頭を下げた。
食事を食べさせられている最中、フランヴェルジュはエスメラルダの事を喋っていた。
ずっと、ずっと、棺の側にいると。
ずっと、ずっと、レーシアーナが寂しくないように。
「貴女にはお礼を言わなければ」
「いいえ、必要ありませんわ。それより、陛下にはもう、起きられるようになった事、お伝えになられたのですか?」
「いや、まだだ」
ブランシールの答えに、エスメラルダは考え込んでしまった。
兄が第一のブランシールが、フランヴェルジュを放ってレーシアーナの所に来た。
レーシアーナの友人としては、エスメラルダは素直に嬉しいのだけれども。
「失礼」
すっとブランシールはエスメラルダの横を通り過ぎると棺の頭許にまで足を運んだ。
「寂しい思いをさせたね、レーシアーナ」
そう言ってレーシアーナの頬を撫でるブランシールを見て、エスメラルダは唾を飲み込んだ。
夫婦の邪魔をしてはいけないわ。
「ブランシール様。わたくし、陛下にブランシール様が此方にいらっしゃる事をお伝えしに参ります。ルジュアインは乳母に預けましょう」
「ああ、有難う」
ドアが閉まる音を、ブランシールは遠くで聞いた。
二人っきり。
「復讐するよ、レーシアーナ。レイリエにも、僕自身にも、もうすぐ……待っていてくれ」