エスメラルダ
国葬自体はしめやかに行われた。
暑い位の陽気に、参列者達はこっそり汗を拭う。
優しい日溜りのようだったレーシアーナに相応しい国葬であった。
何千人もの人間が参列した。
メルローアという国が悲しんだ。
威張らない、優しい王弟妃が皆好きだったのである。
王家に男の子をもたらした女性を、国王とその花嫁を救う為に命を投げ出したその女性を、市井の者達は『聖女』と呼んだ。
粛々と、列が続いていく。
エスメラルダは先頭を歩いていた。
フランヴェルジュの隣、王妃の場所である。
エスメラルダは最初、そこに立つのを拒んだ。だが、フランヴェルジュもアユリカナもそれを許さなかった。
国内外に、エスメラルダがどういう立場にあるのか知らしめなくてはならないと、二人は主張したのである。
ブランシールは何も言わなかった。
だが、その沈黙が一番効果的だった。
結局、今、エスメラルダはフランヴェルジュの隣にいる。
そのすぐ後ろにルジュアインを抱いたアユリカナが続いた。
アユリカナの後ろには傍流の王族が並ぶ。
ブランシールは霊園で墓に祈りを捧げているはずだ。
その霊園までの距離を、ひたすら歩く。
エスメラルダはずっと棺に付きっ切りでろくに眠っていなかった。ろくに食べていなかった。
その身体にこの葬送は少しばかりハードである。
しかし、エスメラルダは後悔していない。
眠ったり食べたりすることなら後でも出来る。
レーシアーナが眠りについてから。それからでも充分だった。
よろけそうになりながらも、エスメラルダは背筋をぴんと伸ばす。
絶対よろけては駄目。
毅然としなさい!! エスメラルダ!!
ふらつく身体を叱咤する。
棺は、傍流王族の後に担がれていた。
その後ろには貴族が続く。レイデン家のものも後ろに続いていた。
道の端にはハンカチで涙を拭う者達や、静かに頭を下げる民で溢れていた。
やがて、カリナグレイの外れの霊園に辿り着いた。
そこは緑と花で埋められた美しい公園。
しかし、王族以外の立ち入りを許されていない禁足地である。
道端で泣くに留まらず、貴族達の後をついて歩いてきた民草は此処までしか来る事が出来ない。貴族も勿論、此処で待機だ。
エスメラルダは仮の王妃として足を踏み入れる事を許されたが、アシュレの時はこの入り口で泣いたのだった。
ローグ家の家督は、男子を残さず父親が急逝した事により取り上げられている。貴族でもなんでもない今のエスメラルダでは、フランヴェルジュとの繋がりがなければレーシアーナの近くにいることも出来なかったのだ。
足がいい加減疲れてきた。
エリファスにいた頃は、よくアシュレにつきあって散策などをしたのでエスメラルダは脚力には自信があったのだが、王都カリナグレイに戻ってからはもっぱら移動が馬車になったが為に知らぬうちに脚が萎えていたのだ。
足の痛みが顔に出ぬように、と、エスメラルダは真っ直ぐ前を向いた。
その視線がブランシールとマーデュリシィを捕らえる。
ああ、ついたのだわ。
辿り着くと、大きな穴が掘られていた。
石碑は仮のもので、後にちゃんとしたものと取り替えられるという。
仮の石碑は薔薇色の大理石でレーシアーナの名前と生没年が刻まれていた。それはそれで充分美しかったのだが、王弟妃の墓にはい如何にも急ごしらえと言った感じが拭えない。
ブランシールは蒼白な顔で立っていた。
最後の最後で思うことはこの墓穴に飛び込んでレーシアーナと一緒に埋められたいということだった。
しかし、ブランシールにはまだやらなくてはならないことがある。
マーデュリシィの祈りが始まった。
王族達は頭を垂れて祈りを復唱する。
東側にあった太陽が頭上真上に来た時、祈りは終った。棺が最後に今一度開けられ、ブランシールがレーシアーナの唇に、エスメラルダはその頬に口づける。
その唇の感触に、ブランシールは泣き出したかった。生きていたときと余りに違う。
棺が閉められ、石碑の前の穴に入れられる。
ブランシールが両手で土をすくう。棺にかけるためだ。
最初の土は夫か父親の仕事だった。
湿った土がとても重くて、だけれども温かかった。
レーシアーナは一人でも眠れるだろうか?
思いながらブランシールは土をかぶせた。
大地が、せめて優しい寝具になりますように。
じゃっという音が響く。
アユリカナ、フランヴェルジュに続き、エスメラルダも土をすくい、棺にかける。
ああ、レーシアーナ、貴女が、遠い。