エスメラルダ
 エスメラルダは目覚めてから二日後、きっかり一週間後には緑麗館に戻った。
 レイリエの事は任せてくれとフランヴェルジュとブランシールに言われていたが、エスメラルダは本当ならレイリエの顔を両手の爪で引っかいてやりたい位憎んでいた。
 あの女ご自慢の顔に傷をつけてやったら、どれ程愉快かしら?
 ダラだけでは足りないの? あの可愛かった子犬。腸を抜かれて殺された子犬。もうランカスター様はいらっしゃらないのにわたくしを害さないと気がすまないと思っているの? わたくしがランカスター様の妻になったかもしれないから?
 それはありえる話だった。
 レイリエの兄に対する執着は異常だった。
 エスメラルダはいつも怖いと思っていた。
 だけれども、まさか毒まで。
 エスメラルダの心に、暗い復讐の思いが宿る。だけれども、それも一瞬の事。
「エスメラルダ様!!」
「ご主人様!!」
 使用人達の顔に宿る自分への愛情を見た時、エスメラルダは幸せに包まれた。
「有難う、わたくしの留守の間、よくこの館を守り抜いてくれましたね」
 エスメラルダは微笑むと、使用人達を皆呼び集めて一枚ずつ銀貨を配った。
 そして砂糖菓子も。
「皆には本当に感謝しています。お前達がこの館を守ってくれていなければ、わたくしは帰る場所さえ失うところでした」
 エスメラルダの言葉に、皆が恥ずかしそうに黙る。その表情は笑顔。お互いを肘でつつきあったり、互いの顔を見合わせたりしつつ彼らは笑っていた。
 砂糖菓子や銀貨を喜んでいる表情ではなかった。
 何かを隠しているのだ。それも、彼等にとって非常に胸躍る出来事を。
「駄目よ、わたくしに隠し事は通じなくってよ。お前達、何を考えているの?」
 エスメラルダが言っても、彼等は笑うだけであった。笑って誤魔化して。
 エスメラルダは段々不機嫌になる。
 元々絶好調の気分の精神状態とは言い難いのだ。
 そして彼女は自分がのけ者にされるのは嫌いなのだ。
 そう言えばさっきまで側に居たマーグは何処に行ったのかしら?
 きょろきょろと、エスメラルダは周囲を見回した。居ない。
「お前達、マーグは……」
「お待たせ致しました、エスメラルダ様」
 マーグはにゅっとその巨体を玄関から覗かせた。
 使用人達が歓声を上げる。
 エスメラルダは益々不機嫌になった。
 わたくしが主人なのに……! 何故皆に隠し事をされねばならないの?
 だが、汗だくのマーグが背中から紙箱を見せた時、エスメラルダの興味はそこに集中した。白くて大きな紙箱だった。
「それは何? マーグ」
「エスメラルダ様、まずはご覧下さい」
 すっと、箱が捧げられ、エスメラルダはそれを受け取る。
 入っていたのは、緑のドレスであった。
 決して高級なものではなかった。いや、充分に高級品なのであるがエスメラルダの経済観念からすると普段着のドレスであった。
 柔らかい綿繻子のドレス。
 そこには細かな刺繍が刺されていた。スカートの下から半分は黒い木綿糸で刺繍された薔薇模様である。
「皆が少しずつお金を出し合って買ったドレスです。エスメラルダ様のご回復を祝って」
 マーグの言葉に、エスメラルダは泣きたい位嬉しくなった。
 使用人達は最早笑ってなどいなかった。
 審判を待つ人のように静かにエスメラルダの言葉を待っていた。
「有難う……お前達」
 エスメラルダの声は震えていた。
「このドレスを早速身につけたいと思います。この館のホールでのパーティーが相応しいかとわたくしは思います。皆、パーティーをしましょう。ランカスター様がご存命の頃何度も開いた無礼講のパーティーを」
 エスメラルダの言葉に、皆が歓声を上げた。 
 緑麗館は蜂の巣をつついたかの如く大騒ぎとなる。パーティーという言葉は胸踊るもの。
 ランカスター様が生きていらした頃はパーティーはしょっちゅうだった。そう、エスメラルダは思い出す。
 これからは使用人達を労う為にパーティーを盛んに開こう。城の夜会などより余程良い。
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