容疑者
そんなある日、母親がフラッと帰ってきた。
そして私を見るなり、冷たい低い声で「来な」と言い放った。

栄養失調で満足に動けなかった私をいらついたように殴り、母親は折れてしまうんじゃないかと思うぐらい強く腕を握った。

そして無理矢理立たせるや否や、堅く、パサついた一欠けらのパンを私に持たせて家の前で待機していた真っ黒で大きな車に乗せられた。





前方の運転席を見ると、知らない男の人が二人座ってなにやら話し合っていた。

母親は静かに「お願いします」と呟き、力の無い足取りで家に消えていった。



『バタンッ』

「お嬢ちゃんもまだ幼いのに捨てられるなんて可哀想だねえ」

助手席に座っていた男の人が、クルリと後ろを向き、不適な笑みで話しかけた。
そして運転席のほうの人に「おい、車出すぞ」と言われたのに対して「ああ」と答えた。

「す、て、あ?」

まだ言語能力が発達していなかったため、一体自分が何を言われたのかがよく分からなかった。

「くく、まあいいさ。お嬢ちゃんも現地に着けば嫌ってほど分かるからさ」


そしてまたクルリと方向転換し、前に向き直った。


私は始めて外界に出たという嬉しさと、パンを貰えたという喜びでいっぱいだった。




だから、これから自分がどれだけ悲惨な目にあうかだなんて、想像もしていなかった。
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