魔王に甘いくちづけを【完】
セラヴィを形作っていた塵が核の草花の残骸を残し風に乗って方々に散っていく。


「残骸をなるべく集めて森の外に捨てろ。それから、奴は一体だけではないかもしれん。手分けして見廻ってくれ。お前が指示を出せ」

「はいっ」


バルは一番近くにいた年嵩の者に素早く命じ、ジークとともに家への道をひた走った。



―――兎に角、一刻も早くこの場から離れなくては。


その一心で走り続ける。


相手はセラヴィ王だ。

あの塵をも利用し、何かを仕掛けてきそうな気がしてならない。

森の境界近くにいるだけで力の影響を受けかねない。

間際に放たれた言葉、体は無残に崩れ落ちていくのに、声は力強く自信にあふれていた。

本体は森の意思が撥ねてくれるが、どうにも不安感が拭えない。

言いようのない焦燥感に支配される。


安全だと思っていた森の盲点をつき、しかも病の身であんなことが出来るとは、流石、最強と呼び声の高い“魔王”だと言うべきか――――


こんなときは二本脚で走るのがもどかしく思える。


「起きていれば背に乗せるんだがな」


誰に言うとでもなく独りごちる。

意識のない体はほんの少しの揺れで大きく撥ねてしまう。

長い髪がサラサラと揺れ、頭がぐらぐらと動く。

慎重に走っているのも遅くなる原因の一つだ。



「―――仕方ない。少し苦しいかも知れんが、我慢してくれ」


聞こえるとも思えない声をかけ、体が揺れないようしっかりと抱え込み直し、バルはスピードをあげた。


急がなければ。


兎に角早く―――






「―――っ、これは、バル様―――ようこそお戻り下さいました・・・」


玄関に飛び込むように入り込むと、年嵩の使用人がびくっと体を揺らしながら丁寧に挨拶をした。

揺れるシルバーの瞳が腕の中のユリアを映し、後ろで息も荒いまま立っているジークと見比べ玄関先でかたまった。

バルをよく見れば、金の髪に金の瞳、どう見ても普通でないことに気付きオロオロとあちらこちらに視線を這わせる。



「あぁ、これは、どうされたのですか――――今朝はお元気に出かけられましたのに。・・・ジーク様?」

「ちょっとした術にかかって気を失ってるだけだ。大事には至らん」



よくあることだ、すぐに気付く、と呟きながらジークは抱えられたままのユリアの様子を診た。
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