魔王に甘いくちづけを【完】
「そうですか。なにやら外の様子も騒がしくて、何があったのかと女たちが怯えております。一体何の騒ぎだったのです?」


顎に蓄えている髭が震えてるのが分かる。

怯えてるのは女たちだけではないようだ。

家に入り少しはホッとしたが、それでも何故か気が急く。

今はそんなことを話してる場合ではない。



「悪いが、後で説明する。今はベッドに運ぶのが先だ」



早口でそう言うと、使用人は顎髭を揺らして頭を下げ行く手を塞いでいたことに気付き、ささと体を大きく避けた。



「これは気が利かず申し訳ありません」

「気にするな」



返事もそこそこに視線もろくに合わさず青いドアを目指した。

ドアノブを回すのももどかしく、開いたと同時にジークと一緒になだれ込むようにして入った。


「カーテンを閉めろ」


ベッドの上にそっと下ろしながら、ジークに命じた。

カーテンを閉めたからといって、何が変わる訳ではないが、少しでも外界からの気配を遮断したかった。

出来れば、今は外を見たくない、そんな気分だった。

ジークも同様なのだろう、ふーと大きく息を吐いて壁にもたれている。

毛布をかけ寝顔を見ていると、次第に肩の力が抜けていった。



―――俺としたことが・・・何をこんなに焦ってるんだ。

少し、落ち着かなければならんな―――



ふと自らの手に視線を落とす。

そこには久々に出した戦闘用の爪がある。

これは訓練以外で出すことは滅多にないものだ。

緊張と興奮から冷めず、未だ鋭く尖り金色にきらりと光っている。



「しかし、間にあって良かった。俺は、責任を持って、お前を帰さんとならんからな・・・」



傷つけないよう細心の注意を払い、指の背でそっと額に触れた。

あたたかな感触が伝わってくる。


・・・とりあえず、お前が無事で良かった・・・。




「―――――バル様、提案があるのですが」


強めな声を出したジークの体が、ずいっとバルに近寄った。

瞳は真摯な色を宿しまっすぐにバルの顔を見ている。


「何だ?」

「ここから連れ出しましょう」

「連れ出す?」

「はい、バル様、覚えておられますか。あの時、リリィが言っていたこと。ここに来てしまったワケを」



“私、夢中で飛んだの・・・。だって、逃げなくちゃと思って、必死で・・・”



「うむ、覚えている。話したがらないので詳しくは聞いていないが、逃げて来たんだったな」


「――――あの、“逃げなければならない相手”とは、あのお方なのではありませんか?お話しした先日の閃光も、あの方の仕業かもしれません」
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