魔王に甘いくちづけを【完】
真剣な声を出すと、バルの表情が少し曇った。

紙を持ってる手首がそっと掴まれて、腕だけが引き寄せられる。



「何だ?一応先に言っとくが、“城を出ていきたい”なら、絶対駄目だぞ。許可出来ん。城下見物なら一向に構わんが」


―――城下見物―――

とても魅力的な言葉。もしかして、アリの報告を受けたのかしら。

それは是非とも行きたいけれど、でも今は、そうじゃなくて―――



「違うわ。会いたいお方がいるの。ジークに頼んだら、バルが戻らないと駄目だって言われたの。だから・・・」

「ちょっと待て。会いたい者?・・・ジークが、俺が帰ってからって言ったのだな―――?」



バルの問いかけにコクコクと頷いていると、誰を想定しているのか、バルの瞳が燃えるような鋭い光を放った。



「誰なんだ、言ってみろ。相手によっては、許可出来ん」



ずいっと近付いたバルの顔。

声までも、脅されるような低くて怖い響きになってて、怯んで少し後退りをしてしまった。



「あ、王妃さまの城宮のコックさんなの・・・会わせてくれる?王妃さまにもお願いしたら、ジークと同じことを言われたわ」



「は・・・?」


口を開いたまま、ぽかんと、拍子抜けした様な顔が向けられる。


「バル・・・?」

「あぁ、すまん――――王妃のところの、コックか・・・。また意外な者に会いたがるな。何故だ?理由次第だ」

「カフカ王国の出身だと知ったの。お願い。いろいろ聞きたいことがあるの」



王妃さまにお菓子をいただいた時のことを掻い摘んで話すと、手首を掴んでいた手が漸く離された。


「カフカ出身の者がいるのか。そうか・・・それは知らんかったな・・・。分かった。すぐに、会えるよう手配する。俺も立ち会う」



真剣な色を持っているバルの瞳がふと何かに気付き、周りを見るようにきょろきょろと動いた。

瞳から鋭い光が消え、真摯な表情が一気に崩れる。



・・・急な変化。一体どうしたのかしら・・・。



「・・あー・・・あいつら・・・。やけに静かだと思ったら・・・そうか」



参ったな、とバルが頭をボリボリと掻きながら一点を見やった。



視線の先を辿れば会場に続く窓があるのだけれど、そこを確認してぎょっとする。
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