【番外編】ルージュはキスのあとで




「長谷部さん、お願いがあるんですけど」


 
 あれはひと月ほど前だったろうか。
 真美からそんなふうに話を切り出された。


 日ごろから真美は、俺にお願いや我侭をいう子ではなかった。
 だからこそ、上目遣いで俺の顔をチラチラと見ながら照れている真美を見て、目尻が下がったのは言うまでもない。

 どうしたんだ、と聞いてみれば、真美はオズオズとチケットらしきものを俺に差し出した。



「これいただいたんです」

「……花火大会?」



 そのチケットを見れば、このあたりでは一番有名で大きな花火大会の桟敷席のチケットだった。

 関係者しか手に入らないチケットだと聞いたことがある。
 それを何故真美が手にしているのだろうか。

 真美とチケットを交互に見ると、真美は誇らしげに胸を張った。



「実はですね。この前、会社であった暑気払いのビンゴゲームで見事当てたんですよ!」



 ピースサインつきで嬉しそうに笑う真美。

 その笑顔をみただけで、俺の口角が数ミリあがるということを目の前の真美は気がついているだろうか。
 
 いつも散々、


「長谷部さんはクールすぎて、鉄仮面すぎて感情がわかりません」



 などと失礼なことばかり言っている真美だ。
 絶対に気がついていないことだろう。
 
 そう考えただけで、笑いがこみ上げる。
 俺のその微妙な表情の変化には気がつかない真美は力説をしだした。





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