スイートなメモリー
雪花さんと美咲に挟まれる形で窮屈にソファへ並ぶ。
雪花さんは、戸惑っていた。
美咲はまるで動じずに、俺の手を握っていた。
俺は、声を出さずにぼろぼろと泣いていた。
雪花さんの黒いシフォンのフリルシャツは鎖骨のあたりに俺の涙をしみ込ませていた。雪花さんはその冷たさに驚いたのだろう。
そして彼女は俺が泣いていることにも困惑している。
「無理しているから泣くんです。泣く時もあります。しっかりしなきゃ、って思ってるんですよね。どうせ今は言葉にならないでしょうから、好きなだけ泣いたらいいと思います」
美咲は驚きもせずに淡々と今の俺の状態を分析し、俺の肩に遠慮がちに置かれていた雪花さんの冷たい手をそっと下ろさせた。
「美咲では不満かもしれませんけど」
雪花さんよりもずっと柔らかい美咲の身体が、俺をしっかりと包み込んだ。
雪花さんのようにふんわりではなく、力強くしっかりと。
その力強さに押し出されるようにして、俺はさっきよりも勢い良く泣いた。
むしろ号泣。
最後には子供のようにしゃくりあげていた。
美咲はそれをずっと黙って受け入れてくれた。
なぜ、ともどうして、とも聞かず、諭しもせず。
ソファから雪花さんが立ち上がった気配がした。
俺を抱きしめたまま、美咲が雪花さんへと声をかける。
「落ち着いたら話すでしょうし、そうしたら学人さんだって自分がどうしたらいいのか決められると思いますよ」
雪花さんのショートブーツがローテーブルを蹴る固い音、それに続いてグラスの中で氷のぶつかる音が聞こえる。
「なにもかもをいっしょくたにしてしまうからそんな風になってしまうのよ。そんなのを見たくなかったし、そんな思いをしてほしくなかったから。だから! だから学人少年には誰かのお下がりの奴隷をあてがおうと思ってたのよ! そうすれば、この先イヤな気持ちにだってならないですむのに!」
「雪花さん!」
美咲の声は、初めて聞くような怒気を含んでいた。
その叱責の力強さに雪花さんは続きを言うのをためらい、壁に下げられている一本鞭を取り上げて、天井からつり下げられているカラビナを打ち始める。
明らかにいらだちがこめられているその鋭い音を聞きながら、俺はしばらく美咲の胸を借りて泣き続けた。
芹香の胸でこうして泣けるだろうか、と自問自答しながら。
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