スイートなメモリー
下手なプレイよりもよほど恥ずかしい。
「女王様らしくない雪花さんを美咲が好きでいるように、学人さんだってご主人様らしくしようなんて思わないでいいと思いますよ」
美咲が床に座って雪花さんの脚にもたれながら俺を見上げて言う。
俺は、目を固く閉じて大きく息を吸い込む。
その息を吐き出したと同時に、俺の身体は雪花さんのひんやりした身体に包まれた。
そういえば、ちょっと前にもこうやって雪花さんに抱きしめられたことがなかっただろうか。
雪花さんは俺の頭を撫でながら黙って俺を抱きしめる。
俺は抗ったりせずにそのまま雪花さんの腕の中で、なにを話したらいいのか考えようとした。
しかし思考は断片的にイメージを見せるだけで、言葉にしようとするとその断片的なあれこれがハイスピードで俺の脳内を駆け巡るだけ。
酔うにはまだ早いのに。
怒っている芹香さん、笑っている芹香さん、俺と二人きりの時に照れた顔を見せる芹香さん、外で食事をしている時に突然そっけない態度をとる芹香さん。二人で歩いているのに、すごくつまらなそうな顔をしている芹香さん、あとからそれを「誰かに会ったらどうしようかと思って」と泣きそうになりながら弁解する芹香さん。
俺と芹香さんが一緒に行ったレストラン、くらげの水槽、あの夜連れて行ったホテル。小さなくらげ。「まなとせんよう」のタグを外した俺の首輪。今日買って来た本。俺のズボンのベルトループから下がる鎖。
芹香さんから来た「逢いたい」のメール。待ち合わせに遅れた俺を微笑んで迎える芹香さん。俺の首輪と鎖をつけて涙を流して懇願する芹香。
俺の芹香。
俺の……。
雪花さんが、突然驚いたように俺の身体に回していた腕を離した。
美咲が俺と雪花さんを交互に眺めてから、床から離れて俺の隣に座り直した。
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