スイートなメモリー
生理なので会いたくないと、私は確かに学人さんにそうメールした。
体調が思わしくないのは確かなことだけれど、それほどひどいわけではないし、学人さんと食事をするくらいのことは不可能ではなかった。
それでも私は学人さんの誘いを断って、仕事が終わったあとも家に帰らず恵比寿の喫茶店で携帯に表示されたふたつのメールを交互に見比べてはため息をついている。
学人さんからの食事の誘いのメールと、もうひとつの誘いのメール。
なぜ、私は迷っているんだろう。
どうして、私は学人さんとつきあい続けることを迷っているんだろう。
なんで、私は元彼からの食事の誘いを、断らなかったんだろう。
それなのに、どうして待ち合わせ場所に向かわないんだろう。
待ち合わせの時間からは、既に四十分が経っている。
相手もそろそろすっぽかされたと思って諦める頃だろう。
当日になって迷うなら、最初から行くと言わなければ良かった。
携帯をカウンターの上に置いて、バッグからタバコを取り出す。
隣の席にトレイが置かれたので、自分のトレイを少し寄せる。
「タバコ、やっぱりやめられないんだ」
驚いて見上げると、そこには六本木で待ち合わせをしていて、私が約束をすっぽかしたはずの相手がにこにこと笑っていた。
「笠置くん……」
笠置は、私の横に腰掛けてコーヒーを一口飲んでから、私の頭にぽんと手を置いた。
「芹香が待ち合わせに遅れることなんかなかった。迷っているならここにいるんじゃないかと思った。居なかったら帰ろうと思ったんだけどね。迎えに来てみて良かった」
なにも言えなかった。
確かに、前にも私は笠置に会うのを迷って、ここで時間をつぶしていたことがあった。
その時はここにいるとメールした私に、笠置はなぜ迷うのかわからないと、ここには来ずに怒って帰って行った。
なのに、なぜ今日は来たのだろう。
なにを言ったらいいのかわからなかったので、持っていたタバコに火をつける。
笠置の手は私の頭におかれたまま。
横に座った笠置が、私の様子を眺めている。笠置とつきあっていた頃と、私はどう変わっただろう。
服装も、化粧も、がらりと変わった訳ではないけれど少しは変化しているはず。会わないでいた一年と少しの間に、私は学人さんに出会った。ちょっとづつ変えられた。
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