スイートなメモリー
頭に置かれていた手が、離れていく。
また笠置がコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「きれいになったなあ。新しい彼氏か」
私は黙って頷く。
「けんかでもしたの」
けんかはしていない。私が勝手に迷っているだけ。小さく頭を横に振る。
「芹香は、ずるいな」
わかってる。前にも笠置にそう言われた。
火をつけただけで、灰ばかりが伸びていくタバコを灰皿に押し付けてうつむく。ぼとぼとと涙が落ちる。
笠置が黙ってポケットティッシュを取り出した。
「俺もさあ、悪かったと思ってるんだよ。芹香がなにを考えてるのかもっとゆっくり聞いてやれば良かったんだ。別れたいって言われた時も、芹香が本当はどう思ってるのかっていうのを聞く前にじゃあ仕方ないって引き下がっちゃったんだよな」
下を向いたまま鼻をかむ。みっともない。
なんで私、元彼の前で黙って泣いてるんだろう。
笠置は私になにかを促すこともせず、ぽつりぽつりと話しだす。
「すごい綺麗になったなと思うよ。だけど、お前またなんか無理してるんじゃないの。また無理して仕事頑張ったり、新しい彼氏にあわせようとしたりとか、本当は芹香は違うことがしたいのに、捨てられたらイヤだとか、かっこわるいとこ見られたくないとか、気にすることないようなこと考えてるんじゃない?」
私、無理してるんだろうか……。
学人さんが喜んでくれるのは嬉しい。
学人さんが喜んでくれるなら、学人さんを優先したい。
自分のことはどうでもいい。
学人さんが喜んでくれればそれでいい……。
「……無理なんか……してない」
なにか言わなくちゃと思って、やっとのことでそれだけ言った。
笠置が、ため息をつく。
< 105 / 130 >

この作品をシェア

pagetop