スイートなメモリー
数ヶ月前のあの夜、雪花女王と美咲の前で、俺は確かに彼女を、芹香を愛していると俺なりに証明したつもりだったし、芹香もそれに応えてくれたのだと思っていた。
今にして思えば、雪花女王に乗せられて相当に無茶をしたような記憶もある。ただし、あんまり仔細に覚えていない。
うすらぼんやりと、甘いような苦いような記憶があるだけ。
この部屋の天井から吊り下げられているカラビナで芹香を吊るして、芹香が泣いても鞭打つのを止めなかったのは覚えている。
それまでも色々と羞恥を高めて泣かせるようなことはしていたけれど、痛めつけることで自分の存在を刻み付けるようにしたのはあれが最初で最後だった。
「学人さん、顔、こわいですよ」
カラビナを見つめながらぼんやりしていたら、美咲が肩に頭を乗せて来たので頭を撫でてやる。
ああ、あの時も。
芹香はむせび泣きながら「学人さま……こわい」とつぶやいた。
俺は聞こえなかったフリをして、芹香の口にボールギャグを嵌めたのだった。
「ねえ、学人くん」
雪花女王が、向かい側のソファに腰掛けたまま、俺が眺めているカラビナを一本鞭で軽く打ちながら揺らす。
俺はそこに芹香の記憶を見る。
「私のこと、恨んでる?」
雪花女王の少しだけ悲しそうな笑顔が、式場で見た芹香の笑顔と重なった。今になって気がつくのもどうかと思うが、雪花女王と芹香はどことなく似ている。
「恨んでなんかいませんよ。恨んでたらここにはいないし、雪花さんはちゃんとプラマイゼロにしてくれたでしょ」
芹香を失ったマイナスを補填するプラスが、今俺の腕にからみついている。
美咲も雪花さんの命令だから俺のものになったのかもしれないけれど、俺にはそのくらいでちょうどいい。
芹香を失って美咲をあてがわれてから、俺は雪花さんが言っていた「なにもかもを一緒くたにするな」というのがやっとわかったような気がした。
芹香の俺に対する隷属は、嫌われたくないという一心から出るもので、俺の芹香に対する不安は、それが愛情ではないということに気がついていたから。
雪花女王はそれがわかってた。
だからこそ、俺と芹香の関係が壊れるのをわかっていて行き着くところまで行かせたのだと思う。
雪花女王はわざわざそれを言わないけれど、あのままでは俺がダメになると思ってああしたのだろう。
それについては雪花女王の愛情を感じるし、美咲の反抗的な態度も、ただひたすらに隷属するだけではなく美咲自身を俺にわかってほしいという、彼女自身の意志が垣間見えるので俺は安心して美咲のご主人様がやれる。
きっと、芹香にとっても、良かったのだろう。
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