スイートなメモリー
俺は、目の前にある空の灰皿を眺める。
前崎係長はそれなりにタバコを吸う。
欠点がないと言われている係女王様だが、喫煙者であることは本人も「やめられない」と気にしている。
食後はいつも喫煙所へ直行するような前崎係長が、いたたまれなくてタバコも吸わずに出て行った……。

なにこれ。
面白いんだけど。
そして俺は、さんざん仕事で俺を叱り続けた前崎係長のそんな姿を見てにやついて面白がっている自分に今さら気づく。

なにそれ。
なんで俺おもしろがっちゃってんの。
仕事できます、人の失敗も許しません、自分にも厳しくありたいのです。そんな前崎係長が、ちょっとした失敗を(しかも業務上ミスでもなんでもない)とても恥ずかしがって、さらに俺に見られて、照れ隠しで怒ってみせたりなんかして。

なにこれ。
なんで俺、そんな前崎係長をちょっと可愛いなんて思ってんの?

俺は、すっかり冷めたコーヒーをちびちび飲みながら、自分の目の前で起こったことを最初から反芻するというのを繰り返した。
あまりに面白くて何度も繰り返したあげく、早起きしたというのにどういうわけか、始業時間より二十分遅れて会社についた。
もちろん前崎係長にはものすごく叱られた。
さっき見たこととのギャップで、俺は終始にやにやしてしまい、それについても「あんたバカにしてんの?」とものすごく叱られた。
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