スイートなメモリー
ふたり分のサンドイッチセットを買って、前崎係長の待つ席へと運ぶ。席へ座ると、前崎係長が財布を開いていた。
「ありがとう。いくらだった?」
良かった。もう怒ってないみたいだ。
「五百三十円でした。五百円でいいですよ」
「ダメ。きちんとお支払いします。借りを作るのはイヤなので」
「借りってほどじゃないでしょう。てか、さっきなんで怒ってたんですか」
皆目分からなかったので素直に問うてみる。
前崎係長が、なぜか驚いた顔をした。
「怒ってなんかいないわよ。いつも遅刻ギリギリに来る三枝君が早いから驚いただけ」
へ? だったらなんで店を出て行こうとする?
俺の納得いってません、という顔を見て、前崎係長の顔が、みるみるうちに真っ赤になった。なんだこれ。面白いぞ。
「変な失敗したところ見られて、恥ずかしかったのよ!」
ああそうか。照れてたのか!
俺はゆるんでしまう顔を隠せずに、誰にでもそんな失敗はありますよなどと適当なことを言いながらサンドイッチを食べ続けたが、前崎係長は何も言わずにひとつだけサンドイッチを食べて、コーヒーを流し込んだ。
灰皿を持って来ていたので、タバコを吸うのかと思ったが、そうではなくて残ったサンドイッチを紙に包んで、ご丁寧にバッグの中からビニール袋を取り出して、お持ち帰り用にする。そして何も言わずに立ち上がる。
「え? 食べないんですか?」
「早めに行ってメールチェックしたいから会社で食べるわ。まだ時間もあるから三枝君はごゆっくり。では」
前崎係長は、俺の返事も待たずに、急ぎ足で店を出て行った。パンツスーツができる女っぽく見せているが、そのできる女は俺の目の前で小銭をばらまき、それを見られたことをものすごく恥ずかしがり、そして怒って、いや、照れていたたまれなくなり、俺を置いて出て行った。
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