スイートなメモリー
「前崎係長、ここにいたんですか」
非常階段へのドアを開けて、当の本人がなにか紙をひらひらさせながら踊り場にいる私を見上げるように現れた。
「稟議書、書き直したので見てもらおうと思ったんですけどいなかったから探しちゃいました」
でも休憩中ならいいです、失礼しました。ボックスに入れておきますね、とにっこり笑って三枝君はすぐに姿を消した。
ああ、私が一人でいたいと思って、遠慮してくれたのかな。
やっぱり案外親切なところあるな。
稟議書もすぐ書き直したんだ。
ちゃんと仕事すればいいのに。
いやだから。
なんで私そんなに気にしてるの。
しっかりしろよ前崎芹香。

もし、稟議書がまだ間違っていたら、びしっと叱ろう。
しつこくしないように。
また稟議書にミスがあったりすれば、私も彼をまた「出来の悪い部下」という扱いに戻せるはずだ。
そして私も年下の部下を異性として気にしたりしないで、「係女王様」として振る舞おう。
探しちゃいました、なんて言われてちょっと嬉しいなんて思ったりしちゃだめだ。
タバコをステンレスの灰皿に押し付ける。
仕事に戻ろうと非常階段を降りたら、踊り場への最後の一段を踏み外して転びかけた。
どうして人の見ていないところではこういう失敗をするんだろう。
こんなところを三枝君に見られたらなんて言われるだろうと思った。

しっかりしようぜ係女王様。
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